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地層が語る生物の進化シリーズ:第3回「デボン紀と石炭紀」
このシリーズでは、地層が語る生物進化の物語を全5回にわたってお届けしています。第3回目は、生物多様性が大きく拡大し、陸上生物の本格的な進出が見られた「デボン紀と石炭紀」に焦点を当てます。当時の地球の風景や進化の背景、そして地層から得られる証拠を一緒に見ていきましょう。
はじめに
地球の歴史は、数億年にわたる壮大な物語です。デボン紀と石炭紀は、その中でも生命が新たなステージへと進化し、生物多様性が大きく拡大した時代です。
このコラムでは、これらの時代における生物進化の鍵となる出来事や、それを示す地層の証拠を詳しく解説します。
デボン紀とは?
デボン紀(約4億1,900万年前から約3億5,900万年前)は、古生代の第四の期間で、「魚類の時代」として知られています。この時期、魚類は多様化のピークを迎え、初めての陸上植物や脊椎動物が出現しました。
デボン紀の地層学的特徴
デボン紀の地層は、主に石灰岩、砂岩、頁岩(けつがん)などから構成され、当時の環境を物語っています。
- 石灰岩:サンゴや腕足類などの海洋生物の遺骸が堆積して形成され、暖かい浅海環境を示しています。
- 砂岩:河川や海岸付近での堆積物であり、陸地と海洋の相互作用を示しています。
- 頁岩:細かな泥や粘土がゆっくりと沈殿してできた岩石で、湖沼や深海の環境を表しています。
魚類の多様化とシーラカンス
デボン紀は、脊椎動物の進化において重要な時代です。多くの魚類が多様化し、その中でシーラカンスも登場しました。
シーラカンス(Coelacanth)
シーラカンスは、肉鰭魚類(にくきぎょるい)に属し、独特な鰭を持つことで知られています。この鰭は筋肉質で、内部に骨があり、後に四肢動物の四肢へと進化する鍵となりました。
特徴
- 肉質の鰭:胸鰭と腹鰭は筋肉質で内部に骨を持ち、四肢動物の四肢の原型とされています。
- 厚い鱗:鱗はガノインという無機質の層で覆われ非常に硬く、外敵からの防御に寄与しています。身近な生き物ですと、古代魚の一種であるポリプテルスやピラルクの鱗もガノインも含みます。
進化的意義
シーラカンスは、魚類から陸上脊椎動物への進化を理解する上で欠かせない存在です。その化石は、脊椎動物の進化の重要な証拠を提供しています。
シーラカンスの初発見エピソード
シーラカンスが現代に初めて発見されたのは、1938年に南アフリカの海岸近くで漁師が偶然捕獲したことがきっかけです。それまでシーラカンスは約6,500万年前に絶滅したと考えられていましたが、この発見により「生きた化石」として再認識されました。
現地民による捕獲と「役に立たない魚」との呼称
公になる前にも現地の漁師は、たまにシーラカンスが捕獲していましたが、その肉は味がまずく食用には適さないため、「役にたたない魚(現地語ではゴンベッサ)」と呼ばれていました。
生きる化石の代表、シーラカンスと鳥山明のエピソード
1983年、漫画家の鳥山明先生が『週刊少年ジャンプ』の企画でシーラカンスを試食しました。試食の際、鳥山先生はシーラカンスの肉について「カニの肉をさらに薄味にしたような味」とコメントしています。一般的にシーラカンスの肉は筋が多く、脂肪には人間が消化しにくい成分が含まれているため、食用には適しません。
現在の保護状況とその意義
現在では、ワシントン条約(CITES)により国際的な取引や採集が禁止され、シーラカンスは厳しく保護されています。その存在は生命の進化の不思議さを象徴する存在として、多くの人々に興味を持たれ続けています。
シーラカンスを間近で観察できる場所
シーラカンスに興味のある方は、沼津深海水族館を訪れてみてはいかがでしょうか。筆者も数回訪れておりますが、ここでは、世界でも珍しいシーラカンスの展示が充実しています。
- 冷凍標本:-20℃の特殊な冷凍設備で保存されたシーラカンス2体を展示しています。捕獲時の状態をそのまま保っており、世界でもここでしか見られない貴重な展示です。
- 剥製標本:シーラカンスの剥製3体を展示しています。これらは1980年代に日本の学術調査隊が捕獲したもので、詳細な観察が可能です。
なぜデボン紀で魚類は陸上に進出したのか?
デボン紀は、魚類が初めて陸上に進出した時代としても知られています。
環境の変化
- 酸素不足の海洋環境:海洋の一部で無酸素状態が発生していました。
- 干ばつと水域の縮小:気候変動により、一部の地域で水域が干上がりました。
陸上への適応
- 肺の発達:一部の魚類は原始的な肺を持ち、空気中から酸素を取り入れることができました。
- 強靭な鰭:肉質の鰭を持つ魚類は、浅瀬や陸上での移動に適していました。
イクチオステガ(Ichthyostega)の登場
デボン紀後期に現れたイクチオステガは、魚類から陸上脊椎動物への進化を示す重要な化石です。
特徴
- 四肢の発達:明確な四肢を持ち、陸上での移動が可能だったとされています。
- 鰓と肺の両方を持つ:水中と陸上の両方で呼吸が可能でした。
- 頭部の形状:平たい頭部と眼の位置は、水面近くでの生活に適応していたことを示唆します。
小ネタ:『崖の上のポニョ』とデボン紀の生物たち
スタジオジブリの映画『崖の上のポニョ』では、デボン紀の海洋生物が多く描かれています。
宮崎監督は、デボン紀を選んだ理由について「魚がいっぱいいるのはデボン紀かなと」述べています。
- ボトリオレピス(Bothriolepis):デボン紀に生息した板皮類の一種。
- ディプノリンクス(Dipnorhynchus):初期の肺魚で、空気呼吸が可能でした。
- デボネンクス(Devononchus):宮崎駿監督の創作による架空の古代魚。
石炭紀とは?
石炭紀(約3億5,900万年前から約2億9,900万年前)は、古生代の第五の期間で、大規模な森林が形成され、炭層が生成された時代です。
石炭紀の地層学的特徴
石炭紀の地層は、主に石炭層、砂岩、頁岩から構成されます。
- 石炭層:巨大なシダ植物や裸子植物の遺骸が堆積して形成されました。
- 砂岩・頁岩:河川や湿地帯での堆積物で、湿潤な環境を反映しています。
巨大なシダ植物と炭層の形成
石炭紀には、巨大なシダ植物が大森林を形成しました。
- リンボク(Lepidodendron):高さ30メートルにもなる巨大なシダ植物。
- フウインボク(Sigillaria):リンボクと並ぶ巨大植物。
これらの植物は湿地帯に生い茂り、死後に分解されずに堆積していきました。その結果、炭素が大量に蓄積され、後に石炭となりました。
両生類の繁栄と爬虫類・昆虫類の出現
石炭紀は、生物界にも大きな変化が見られた時代です。
- 両生類の繁栄:湿地環境が広がったことで、多様化し繁栄しました。
- 爬虫類の出現:初期の爬虫類が登場し、乾燥した環境にも適応できるようになりました。
- 昆虫類の多様化:昆虫が多様化し、その中には巨大な種も含まれます。
高酸素環境と生物の巨大化
石炭紀には、大気中の酸素濃度が約35%にも達していたと推定されています。この高酸素環境は、生物の巨大化を可能にしました。
なぜ高酸素濃度で昆虫は巨大化できたのか?
昆虫は気管呼吸という独特の呼吸システムを持っています。石炭紀の高酸素環境では、酸素の供給効率が上がり、体内の深部まで十分な酸素が届くようになりました。
現在の最大のトンボと石炭紀最大のトンボのサイズ比較
- 現在の最大のトンボ:翼を広げると約15センチメートル程度。
- 石炭紀の最大のトンボ:メガネウラ(Meganeura)で、翼を広げると約70センチメートルにも達します。
当時の地球はどのような風景だったのか?
デボン紀の風景
- 海洋:多様な魚類が泳ぎ回り、サンゴ礁が発達していました。
- 陸上:初期のシダ植物が陸地を覆い始め、湿地帯が広がっていました。
石炭紀の風景
- 森林:巨大なシダ植物が大森林を形成し、湿地帯が広がっていました。
- 動物:巨大昆虫や、全長2メートルを超える巨大なヤスデの仲間アースロプレウラが生息していました。
- 気候と大気:
- 高酸素濃度:生物の巨大化を可能にしました。
- 湿潤な環境:植物の成長を促進しました。
まとめ
デボン紀と石炭紀は、生物進化の歴史において非常に重要な時代です。魚類の多様化と陸上進出、巨大なシダ植物による炭層の形成など、数多くのドラマが展開されました。
これらの生物にスポットライトを当てることで、地層が語る生命の物語がより身近に感じられるのではないでしょうか。
次回予告
次回のコラムでは、「ペルム紀と三畳紀」を取り上げます。
- ペルム紀:地球史上最大の大量絶滅が発生し、生物多様性が大きく変動しました。
- 三畳紀:大量絶滅からの復興と、恐竜の登場が始まります。
「地層が語る生物の進化」シリーズでは、地球の歴史を通じて、生命の驚くべき進化の旅をお届けします。次回もお楽しみに!