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地層が語る生物の進化シリーズ:第2回「オルドビス紀とシルル紀」

担当:松本
2024.10

このシリーズでは、地層が語る生物進化の物語を全5回にわたってお届けします。第2回目は、生物多様性の爆発的な進化と、大規模な環境変動、そして大量絶滅が織りなす「オルドビス紀とシルル紀」に焦点を当てます。その時代の地層から見えてくる生物進化の証拠と、当時の地球の風景を探ります。皆様が、地層が語る生命の物語に思いを馳せるきっかけとなれば幸いです。

はじめに

地球の歴史は、数億年にわたる壮大な物語です。その中でも、オルドビス紀とシルル紀は、生物多様性の爆発的な進化と環境の大きな変動、そして大量絶滅があった、とても重要な時代です。このコラムでは、これらの時代における地層から見えてくる生物進化の証拠と、当時の地球がどのような風景だったのかを一緒に探っていきましょう。

図:標準地質年代表(Gradstein et al. (2004)による)
図:標準地質年代表
(Gradstein et al. (2004)による)

オルドビス紀とは?

オルドビス紀(約4億8,500万年前から約4億4,400万年前)は、古生代の第二の期間で、カンブリア紀に続く時代です。この時期、生物多様性はさらに拡大し、特に海洋生物の進化が目覚ましく進みました。サンゴや三葉虫、腕足類、軟体動物など、多くの生物グループが多様な形態を発展させ、海の中はまさに生物たちの楽園となっていました。

オルドビス紀の地層学的特徴
オルドビス紀の地層は、主に石灰岩、シルト岩、頁岩(けつがん)などからなり、当時の海洋環境をよく表しています。

  • 石灰岩:暖かく浅い海でカルシウム炭酸塩が堆積してできた岩石です。サンゴや殻を持つ生物の遺骸が積み重なっており、多くの生物が生息していた証拠です。
  • シルト岩や頁岩:細かな泥や粘土がゆっくりと沈殿してできた岩石で、深い海や大陸棚の端で形成されました。当時の海洋が浅海から深海まで多様な環境があったことを示しています。

海洋生物の多様化と捕食圧の増加
オルドビス紀中頃から後期にかけて、海の生態系はさらに複雑になり、捕食者と被食者の関係が進化しました。
特に、無顎類(むがくるい)と呼ばれる原始的な魚類が出現し、これは脊椎動物の進化にとって重要なステップとなりました。
また、「プテリゴトゥス(Pterygotus)」という全長2メートルを超える巨大なウミサソリ(節足動物)もこの時期に登場しました。最大級ウミサソリの6種とヒトのサイズ比較図を以下に示します。
これらは、左からプテリゴトゥス(Pterygotus grandidentatus)、ペンテコプテルス (Pentecopterus decorahensis),アキュティラムス2種(Acutiramus macrophthalmus Acutiramus bohemicus) カルシノソマ(Carcinosoma punctatum)、およびイェーケロプテルス(Jaekelopterus rhenaniae)です。
これらの巨大なウミサソリは、現代の節足動物と比べると圧倒的に大きく、現在では考えられないようなサイズです。

最大級ウミサソリの6種とヒトのサイズ比較図
最大級ウミサソリの6種とヒトのサイズ比較図
(出典:ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons))

この強力な捕食者は、当時の海を支配し、小さな生物たちは彼らから逃れるためにさまざまな進化を遂げたと考えられます。

プテリゴトゥスの復元図 クリーブランド自然史博物館(Cleveland Museum of Natural History)
プテリゴトゥスの復元図 クリーブランド自然史博物館(Cleveland Museum of Natural History)
(出典:ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons))

オルドビス紀の大量絶滅

オルドビス紀の終わりには、地球史上初めての大規模な大量絶滅が発生しました。この大量絶滅では、海洋生物の約85%が絶滅したとされています。

原因とメカニズム

  • 全球的な気候変動:南半球の大陸(ゴンドワナ大陸)が南極地域に移動し、巨大な氷床が形成されました。これにより、地球全体が寒冷化しました。
  • 海水準の低下:氷床の形成によって海水が陸上に固定され、海水準が大幅に低下しました。浅海域が縮小し、多くの海洋生物の生息環境が失われました。
  • 海洋の酸素欠乏:海洋循環の変化により、深海の酸素供給が減少し、貧酸素環境が拡大しました。

影響

  • 生物多様性の大幅な減少:特に海洋無脊椎動物(腕足類、三葉虫、サンゴなど)の多くが絶滅しました。
  • 生態系の再編:絶滅後、生態系は大きく変化し、新たな生物グループが台頭する機会となりました。

オルドビス紀の人気者:サカバンバスピス

サカバンバスピス(Sacabambaspis)
サカバンバスピス(Sacabambaspis)

オルドビス紀で最近一躍有名になった生物がいます。サカバンバスピスSacabambaspis)です。実際の姿は不明ですが、化石から再現された復元模型のシュールな見た目が注目を集め、フィギュア化やゲームが作られるなど、ブームが起きています。
フィンランドのヘルシンキ自然史博物館でひっそりと展示されていた復元模型が、SNSなどを通じて全世界に広まり、新たなネットミームが誕生しました。この模型の独特なデザインが人々の興味を引き、サカバンバスピスは一躍インターネット上の人気者となりました。サカバンバスピスは、普段私たちが目にしている魚類とは、異なる点がいくつかあります。

サカバンバスピスを生物学的にひも解く

  • 学名の由来
    • 学名「Sacabambaspis」は、発見地のボリビアにある「サカバンバ」(Sacabamba)に、ギリシャ語の「盾」(aspis)を組み合わせて命名されています。化石の形状から「サカバンバの盾」という意味が込められています。
  • 生物学的特徴
    • サカバンバスピスは、約4億6,000万年前のオルドビス紀に生息していた無顎類の一種です。体長は約25センチメートルで、平たい頭部と細長い胴体を持っていたと考えられています。頭部は硬い骨板で覆われ、防御の役割を果たしていたと推測されます。
  • 復元模型の矛盾点
    • 目の位置と形状:模型では目が正面についていますが、実際は頭部の側面にあった可能性があります。無顎類の多くは側面に目を持ち、広い視野を確保していました。
    • “▼”のような口:サカバンバスピスと言えば、▼のような口をイメージする人がほとんどでしょう。しかし、無顎類であるサカバンバスピスの口周りは、軟組織で構成されているため、化石としては残っていません。
      復元模型では▼の形の口が描かれていますが、これはあくまでイメージの一つであり、模型作成者のユーモアやデザイン上の工夫が反映されていると考えています。実際のサカバンバスピスの口は、現存するヌタウナギ(同じ無顎類)のような円形状の口をしていた可能性があります。
      科学的な根拠に基づいた再現が重要である一方で、模型作成者の「アソビ心」によってサカバンバスピスを広く世に知られる存在にした点は、興味深いです。ただし、サカバンバスピスを見た一般の方が、実際に“▼”の口を持っていたと誤認するのは避けたいところです。このあたりのバランスは難しい問題です。
    • 体の形状:模型では平べったい楕円形の体をしていますが、化石の骨板の配置や形状からすると、より立体的で厚みのある体型だったと考えられます。
  • オルドビス紀の大量絶滅とサカバンバスピス
    サカバンバスピスもこの大量絶滅の例外ではなく、生息環境の変化に対応できずに絶滅してしまいました。

無顎類の現存と進化

無顎類(むがくるい)とは、名前の通り顎(あご)を持たない脊椎動物のことです。原始的な脊椎動物は当初、顎がなく、筒状の体をしていました。その後、顎が発達し、軟骨魚類(サメやエイ)や硬骨魚類(一般的な魚類)が進化していきました。

  • 大半の無顎類は絶滅しており、現存しているのは円口類(えんこうるい)(ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類)と呼ばれるグループのみです。ヌタウナギ類の生態も非常に面白いです。興味のある方は調べてみてください。

サカバンバスピスを通じて

サカバンバスピスの復元図は、実際の姿とは異なる可能性もありますが、こうした意外なきっかけで太古の生物が有名になるのは、喜ばしいことです。このブームを通じて、より多くの人々が古生物や地質学に興味を持つことを期待しています。

ヘルシンキ自然史博物館のサカバンバスピス復元模型
(出典:Elga Mark-Kurik / The Finnish Museum of Natural History , Kat Turk氏の投稿から引用)
ヘルシンキ自然史博物館の
サカバンバスピス復元模型
(出典:Elga Mark-Kurik / The Finnish Museum of Natural History , Kat Turk氏の投稿から引用)

シルル紀とは?

シルル紀(約4億4,400万年前から約4億1,900万年前)は、オルドビス紀末の大量絶滅を乗り越えた生物たちが新たな進化の道を歩み始めた時代です。海洋生物が回復する一方で、陸上生物が本格的に進出し、進化の速度は再び加速しました。

シルル紀の地層学的特徴
シルル紀の地層は、オルドビス紀のものより多様な堆積環境を反映しています。石灰岩、シルト岩、火山灰層などが見られ、当時の気候変動や海面変動、火山活動を示しています。

  • 石灰岩:暖かい浅海域での生物活動の証拠。
  • シルト岩:河川からの堆積物や沿岸部の環境を示す。
  • 火山灰層:活発な火山活動があったことを示し、広範囲に堆積。

頭足類の化石保存のメカニズム

頭足類(とうそくるい)は、タコ、イカやオウムガイのような軟体動物ですが、柔らかい体を持つため化石として保存されにくいです。しかし、特定の条件が整えば、軟体動物でも化石として残ることがあります。
「頭足類は柔らかい体を持つのに、どうやって化石が残るのだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?実は、保存されるためにはいくつかの特別な条件が必要です。

  1. 急速な埋没:骨や外骨格を持たない軟体動物は、柔らかい体(筋肉や皮膚)が酸素に触れるとすぐに分解されてしまいます。泥やシルトに迅速に埋もれることで、酸素が遮断され、分解が遅くなります。
  2. 酸素欠乏環境:酸素が少ない環境では、微生物による分解が進みにくくなります。
  3. 化学的置換:体の柔らかい部分が鉱物に置き換わることで、石化し、長い間保存されます。これにより、元々は柔らかかった組織も、鉱物に変わり化石として残ります。

これらの条件が整ったとき、頭足類のような柔らかい体の動物でも化石として残ることができるのです。

顎口類の出現と食物連鎖の変革
顎口類(がっこうるい)は、シルル紀に初めて登場した顎を持つ魚類です。これにより、捕食行動が大きく変わりました。従来、無顎類は、口を使って小さな有機物や微生物を吸い込むことが中心でしたが、顎口類は顎を使って獲物を噛み砕いたり、しっかりと捕まえて食べることができるようになりました。これにより、食物連鎖が高度化し、捕食者と被捕食者の関係が大きく変化したのです。

初期の陸上生物の進出

オルドビス紀末の大量絶滅後、海洋環境が変化し、競争が激化したと考えられます。その結果、生物たちは新たな生息地を求め、海岸線や湿地帯といった陸上の環境に進出し始めました。また、シルル紀に入ると、光合成を行うシアノバクテリアや藻類の活動により、大気中の酸素濃度が上昇し、陸上での生活が可能な環境が整いました。これにより、生物たちは酸素を利用して効率的にエネルギーを得ることができ、陸上進出が促進されました。

  • 「クックソニア(Cooksonia)」:最古の陸上植物の一つで、シンプルな茎と胞子嚢を持ち、光合成を可能にしました。
  • 初期の節足動物:湿った環境で生活し、硬い外骨格を持つことで乾燥や捕食者から身を守りました。
クックソニア(出典:ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons))
クックソニア
(出典:ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons))

シルル紀の絶滅について
シルル紀にも小規模な絶滅イベントがありました。気候変動、海洋酸性化、火山活動などが原因と考えられ、特に火山活動による大気組成の変化が生態系に影響を与えたと考えられています。

当時の地球はどのような風景だったのか?

オルドビス紀の風景

  • 広大な浅海が広がり、サンゴ礁や多様な海洋生物が生息。
  • 大気中の酸素濃度は約13%で現在より低く、二酸化炭素濃度は現在の8〜14倍で、温暖な気候が維持されていました。

シルル紀の風景

  • 気候が安定し、海面が上昇。浅海域が広がりました。
  • 陸上植物の進出し、湿潤な地域に緑が広がり始めました。
  • 大気中の酸素濃度は約14%に上昇し、二酸化炭素濃度は高いままで、温暖な気候が続きました。

当時の大気組成とその影響

  • 酸素(O₂):光合成生物の活動により酸素濃度は徐々に上昇しました。
  • 二酸化炭素(CO₂):火山活動やプレートテクトニクスの影響で高い濃度を維持し、温暖な気候をもたらしました。

まとめ

オルドビス紀は大量絶滅を経験しましたが、この試練を乗り越えた生物たちはシルル紀で新たな進化の道を歩み始めました。シルル紀は、現代の生物多様性の基盤を築いた生命の歴史における重要な章です。また、サカバンバスピスのように思いがけない形で太古の生物が注目されることは、古生物学や地質学への関心を高める良い機会でもあります。これからも地層に刻まれた証拠を通じて、生命の進化を探求していきましょう。

次回予告

次回のコラムでは、「デボン紀と石炭紀」を取り上げます。

  • デボン紀:「魚類の時代」として知られ、海洋生物の多様化がピークに達します。陸上生物も本格的に多様化を遂げました。
  • 石炭紀:巨大なシダ植物や初期の陸上脊椎動物が登場し、広大な森林が形成されます。

オルドビス紀とシルル紀で築かれた進化の基盤が、これらの時代でどのように拡大し、現代の生物多様性につながっていったのか、一緒に探求していきましょう。

「地層が語る生物の進化」シリーズでは、地球の歴史を通じて生命の驚くべき進化の旅をお届けします。次回もお楽しみに!

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