技術資料

やわらかサイエンス

仕事を終えた金属鉱山の今~マイントピア別子~(後編)

担当:藤原 靖
2024.08

中編ではマイントピア別子と別子銅山の操業による深刻な煙害について紹介しました。後編では2つ目の鉱害である鉱毒水について見てみます。

休廃止鉱山の宿命

我が国の金属鉱山は1970年には270カ所ありました。2011年には11カ所となり、現在は住友金属鉱山の菱刈鉱山(金鉱山)のみです。したがって多数の金属鉱山が操業を終了し閉山した休廃止鉱山となっています。しかし採掘跡や採掘や選鉱で発生する尾鉱(鉱物の微細粒子と水からなるスラリー状の副産物)やズリにはイオウを含む黄鉄鉱(FeS2)、黄銅鉱(CuFeS2)、閃亜鉛鉱(ZnS)、方鉛鉱(PbS)などが残存するため、酸性鉱山廃水(AMD:Acid Mine Drainage)が生成されます。
そのような休廃止鉱山のうち鉱害防止事業の対象となっているものが97カ所あります。休廃止鉱山のうち鉱山を経営していた企業が引き続き管理を行っている「義務者存在鉱山」は61カ所、「義務者不存在鉱山」が36カ所あります。

左:金属鉱山からの酸性鉱山廃水の発生源模式図
右:鉱害防止事業の技術対策のイメージ、左右いずれも((独)産業技術総合研究所/地圏資源環境部門・パッシブ・トリートメントの導入にむけて -休廃止鉱山の坑廃水処理- より抜粋
左:金属鉱山からの酸性鉱山廃水の発生源模式図
右:鉱害防止事業の技術対策のイメージ
左右いずれも(独)産業技術総合研究所/地圏資源環境部門・パッシブ・トリートメントの導入にむけて -休廃止鉱山の坑廃水処理- より抜粋

鉱毒水はいつまでも・義務者存在鉱山として

別子銅山の鉱毒水対策については、住友金属鉱山(株)別子事業所安全環境センターより「別子鉱山の坑廃水処理について」が公表されています。この資料から対策の概要を紹介します。
鉱毒水は、鉱山の坑内の鉱石に含まれる成分の坑内湧水への溶出により、坑廃水として発生します。また鉱石の掘削ズリにも鉱石成分が残留します。掘削ズリは坑道の埋め戻しや路盤の補強に使われ、また渓谷等への放棄されるものもあります。そして大気と水に触れることとなり水系への鉱石成分溶出が生じます。

別子銅山の鉱毒水の性質はpH2~3の硫酸酸性の強酸性水だそうです。溶出成分についての詳細は不明ですが、鉛、ヒ素、カドミニウムをほとんど含まないとありますので、主成分は鉄、イオウ、銅、亜鉛等と推測されます。ちなみに草津の湯畑源泉のpHは2.1です。

江戸時代の被害についての記載には、河川が赤褐色の濁水となっていたこと、大規模な稲の根腐れ病や秋落ちの発生とあります。稲の根腐れや秋落ちは、鉄とイオウの多い廃水による被害です。土壌の酸素欠乏による還元状態が進行して二価鉄イオンや硫化水素などの還元性物質が生成されるためです。

明治期に入り坑廃水は、鉄スクラップによる置換処理や石灰による中和処理が行われるようになりました。また坑内で発生する廃水は集水され、瀬戸内海まで導水するようになりました。被害を受けた農地は土地改良事業として作土層の上下を入れ替える「天地返し」をするなどの対策が取られました。

左:坑廃水処理施設、右:坑水路の日常管理
左右いずれも住友金属鉱山株式会社発表資料・別子鉱山の坑廃水処理について・「未来に残そう良い環境、模範を示そう我が別子」より抜粋
左:坑廃水処理施設
右:坑水路の日常管理
左右いずれも住友金属鉱山株式会社発表資料・別子鉱山の坑廃水処理について・「未来に残そう良い環境、模範を示そう我が別子」より抜粋

その後も坑廃水の集水と集水路の整備が進められ、閉山となるや斜坑が水没して廃水が溢れ出ることになります。同時に強酸性の坑廃水が地層の造岩鉱物を溶解することで中和が起こり、流出する水のpHは中性になっているそうです。
現在は坑内からの水は2カ所の水処理場を経て瀬戸内海に放流されているそうです。また凝集沈殿で発生する沈殿物は住友の施設にて埋立処分されています。これらの作業は適正に進められていますが、終わることはないでしょう。

義務者がいない鉱山の廃水対策

北上川は東北地方を代表する清流のひとつですが、鉱山操業が本格化した昭和初期から、松尾鉱山から流出する強酸性水の対策が不十分であったため、北上川は茶色く濁り、大きな社会問題になりました。しかし操業主体の松尾工業(株)は、経営が悪化し倒産して閉山したため、松尾鉱山は義務者不存在鉱山となりました。

義務者が不在のまま強酸性水は閉山後も流出し続けたため、中和剤を直接投入する暫定中和処理も行われました。しかし北上川の汚濁問題は解消せず、大きな社会問題となっていました。
そこで当時の5つの関係省庁が集まり対策が検討されました、1976年、多量の鉄を溶存する酸性坑廃水を比較的安価なコストで処理可能な「鉄バクテリア酸化・炭酸カルシウム中和方式」による大規模中和処理施設が建設され、現在に至っているそうです。この施設はJOGMEC((独)エネルギー・金属鉱物資源寄稿)の前身の1つである金属鉱業事業団に委託されて運営された旧松尾鉱山新中和処理施設です。
中和処理施設は、pH2程度の強酸性で鉄分や砒素を多く含む坑廃水を24時間体制で毎分約17tの中和処理を行い、沈殿物を分離・堆積し、上澄水を放流しています。また坑廃水そのものを減少させるための発生源対策工事も行われています。

左:汚染された松川(赤川の下流)と北上川の合流点(1974年当時),
右:現在の松川と北上川の合流点(JOGMECホームページ/JOGMECの事業/鉱害防止支援/旧松尾鉱山新中和処理施設の運営管理より抜粋)
左:汚染された松川(赤川の下流)と北上川の合流点(1974年当時)
右:現在の松川と北上川の合流点
JOGMECホームページ/JOGMECの事業/鉱害防止支援/旧松尾鉱山新中和処理施設の運営管理より抜粋

後編では2つ目の鉱害である鉱毒水について見てみました。休廃止鉱山の宿命としての坑廃水の処理ですが、処理をすべき責任者が存在する別子銅山と存在しない松尾鉱山について紹介しました。

仕事を終えた金属鉱山の今 ~ マイントピア別子 ~ は如何でしたでしょうか。前編では、仕事を終えた鉱山の今について、いくつかの鉱山跡について紹介しました。また今回注目している別子銅山の概要について紹介しました。中編では、マイントピア別子と別子銅山の操業当時の深刻な煙害について紹介しました。後編では、後編では2つ目の鉱害である鉱毒水について見てみました。休廃止鉱山の宿命としての坑廃水の処理ですが、処理をすべき責任者が存在する別子銅山と存在しない松尾鉱山について紹介しました。

金属鉱山跡地は産業遺産としても大切ですが、見学できる施設あるいはテーマパークとして運営することは、坑廃水の持続的な処理という視点からも意義のあるものです。
愛媛、秋田、宮城などに行く機会がありましたら、是非足を伸ばして見学してみて下さい。金属鉱山の跡地は、その他にも鉱山探検坑道、鉱山資料館などとして公開されている場所が全国にあります。

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