技術資料
やわらかサイエンス
木々と暮らし -生活・景観・防災-(前編)
空師(そらし)という仕事をご存知でしょうか。重機を使わず木の上まで登攀して、何らかの理由によって大きく成長した木の枝打ちや伐採作業をする技術者のことです。
自然環境の中では、木が芽生え成長し、やがて枯死して倒木となります。また人間も木を植えたり、成長を助けたり、伐採したりします。林業のような資源採取として、造園などの生活環境の創造として、斜面防災や水源涵養といった防災として、木を植える目的はさまざまです。樹木は多くの恵みを人々に与えてくれますが、今回は少し負の側面について見てみたいと思います。
人と木々との関わり
木と私たちの関わり合いは、時間的・空間的に特別な樹木、市街地や公園など公共の樹木、自然の山や植林された山々の樹木があります。
時間的・空間的に特別な樹木として典型的なのは、ご神木でしょうか。神社仏閣の境内や敷地には必ず樹木が植えられており、高木となっているものがあります。また神社仏閣に限らず古くから居住している住居の周囲にも木が植えられており、どちらかというと自然環境に恵まれた場所で高木となっています。これらの樹木は、時間的・空間的に人間の生活や精神性にかかわる場面が多いので、特別な木と言えます。
市街地や公園などの公共の樹木は、街路樹を筆頭に無機的な都市の中に自然的な潤いをもたらす目的で植えられた樹木です。生育に制限のある環境、人が頻繁に管理しなければならないなどの制約があります。街録樹、高速道路の分離帯、公園など、行政や事業者が管理することが多いので、公共の木と言えます。
自然の山に自生した樹木や植林した樹木は、自然環境の中で風雨に晒された過酷な環境にあります。植林地以外は手入れがされず、最近では植林地でも手入れがされない状態にあります。これらの樹木の共通点として、その多くが斜面に生育していますので、斜面の木と言えます。
樹木は生き物なので、私たち人間と同様に徐々に成長して大きく高くなります。また新陳代謝として落葉や落枝があり、病気になったり、枯れたりします。そのため樹木が発揮する能力や効果は、季節や時間とともに大きく変化します。
特別な木の管理
特別な木は、あまり手入れが行き届かないという側面があります。そのため、樹木が茂り過ぎたり、高く成長するなど、倒伏の危険性を孕んでいます。そして歴史的建造物、個人の財産、電線などの公共インフラに損害を与える場合があります。このような問題の解決に能力と技術を発揮するのが空師(そらし)です。
空師は高い木の枝や幹を伐るのが仕事で、造園や林業と異なり植栽や植林はしません。伐採が主ですが、林業のような根元からの伐採、大量の伐採、重機を使う大がかりな作業とは異なります。
空師の活躍の対象となる木は、所有者や地域の人々が特別な思いを持っている場合が多いのですが、周囲の建物や人への被害の点で木の寿命が全うできなかったり、成長を放任できなかったりする木々です。また、維持管理として、落葉・落枝の処理が大変で手に負えない場合などです。このような状況の多くは、クレーンが入れないような狭い場所で、いくつかの作業上の制約がありがちです。
空師の伐採技術は、狭い場所であっても周りの建造物や人に被害を与えない伐採方法で対処します。また空師は木を根元で切り倒さず、上から順番に解体作業のように切り落とすことが特徴です。
空師は日本特有の呼び名で、同様の仕事は世界にあります。海外では空師に相当する人は、Arborist(アーボリスト)と呼ばれています。アーボリストは、木を意味するフランス語のarbre(アルブル)が由来となっているそうです。木の専門家のことほぼ同義とされ、イギリスでは、約700人のアーボリストが存在しています。山間地の道路、水力発電施設などでの支障物としての樹木の伐採除去など、ヘリコプターによるアクセスや伐採樹木の吊り上げ搬送など、アーボリストと連携した作業も多いそうです。そのため、年間数件の死亡事故が起こっているほど危険な職業でもあります。
日本にもアーボリストトレーニング研究所という組織があり、講習会や樹護士アーボリストの認定を行っているそうです。
前編では、特別な木の管理や空師とアーボリストを紹介しました。
私たちの生活と密接な関係にある木々とどうのように向き合っていくのか、古い木や思い入れのある木との付き合い方の一つです。中編では、都市の木、特に街路樹の問題点や管理について紹介します。