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やわらかサイエンス
世界の宝物 肥沃な黒土(前編)
022年初頭にロシアがウクライナに侵攻しました。この侵攻によりウクライナと周辺諸国の平和な市民生活が失われていくだけではなく、世界の食糧安定供給が脅かされています。ウクライナは小麦などの農産物の主要な生産地です。その生産を生み出しているのが、ウクライナの肥沃な黒土です。
この肥沃な黒土は「チェルノーゼム」と言い、アメリカのプレーリーとアルゼンチンのパンパなどにも分布している黒土で、世界の食糧生産に欠かせない、まさに世界の宝物と言える肥沃な黒土です。今回は世界の農業生産を支える肥沃な黒土について紹介します。
■チェルノーゼム
チェルノーゼムは、ウクライナからロシアのシベリア南部にかけて分布する肥沃な黒土です。チェルノーゼムという名前はロシア語で、「チェルノ」も「ゼム」もどちらも黒い土地という意味だそうです。
チェルノーゼムが分布する地域は、草本の生育が旺盛で草本などの遺骸から作られる腐植が多量に土に供給されますが、ステップ気候という降水量の低い地域のため、腐植の分解や流出が少なく、土の中に腐植が厚く蓄積するため、黒土となっています。
チェルノーゼムが分布する地域よりも降水量がさらに少なく乾燥する地域では、植物の生育が旺盛でないため腐植層の少ない肥沃性の乏しい栗色土となります。逆に降水量が多ければ樹木が生育しますが、腐植の流出が多くなり腐植層の薄い表層と酸化鉄を含む下層からなる褐色森林土となります。さらに冷涼な地域であれば、植物体の分解が進まず酸性化した黒い土に、さらに排水が悪ければ泥炭のような黒土になり、いずれも肥沃性の極めて低い土になります。
■ウクライナの農業
ウクライナの主要農産物は、小麦(約2,500万トン)、とうもろこし(約3,000万トン)、馬鈴薯(約2,000万トン)、ひまわりの種(約1,000万トン)、甜菜等(約1,000万トン)です。日本の生産量と比較すると北海道が主産地の馬鈴薯(約200万トン)の約10倍、甜菜(約400万トン)の約2倍半であり、その多さが分かります。
馬鈴薯はジャガイモのこと、ひまわりの種は炒ってナッツとして食べたり食用油(サンフラワーオイル)の原料となり、甜菜はビートとの呼ばれる砂糖(甜菜糖)の原料です。 ウクライナの国内総生産(GDP)の約10%が農林水産業で、日本は約1%です。国土全体の約70%が農用地で、日本は約11%です。チェルノーゼムがウクライナの経済の屋台骨である農業を支えていることが分かります。
ひまわり
ひまわりはウクライナの国花ですが、ひまわりは映画でも世界的に有名です。1970年に公開されたマルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演のイタリア映画「ひまわり」です。
ヘンリー・マンシーニの作曲による心に残る曲にのせて、イタリアからソビエトの東部戦線に送られたイタリア兵士とその家族の悲運を描いた物語です。撮影地は、ウクライナ中部の都市ポルタワ近くにあるチェルニチー・ヤールという村だそうです。
前編ではウクライナに広がるチェルノーゼムと農業についてみてみました。チェルノーゼムはウクライナの生活と経済になくてはならないものです。またチェルノーゼムは世界の各大陸にも存在しています。後編では、世界のチェルノーゼムの兄弟ついて紹介します。