技術資料
やわらかサイエンス
生命の元素リン -遺伝子から地層まで-(中編)
リンは植物にとって子孫を残すために必要な元素ですが、これは植物に限らず生物に共通のことです。それはリンが遺伝子を作るために欠くことのできない元素だからです。次はリンと遺伝子についてみてみます。
■リンは遺伝子の中の特別な元素
遺伝子にはDNAとRNAがあり、DNAはデオキシリボ核酸、RNAはリボ核酸と言う核酸です。核酸は、リン酸と糖と塩基からできており、最小単位をヌクレオチドと呼びます。
DNA は、4種類の塩基の配列がある塩基と五炭糖のデオキシリボースとリン酸が結合したヌクレオチドがポリマーとなったものです。RNAは、4種類の塩基の配列がある塩基と五炭糖のヒドロキシリボースとリン酸が結合したヌクレオチドがポリマーとなったものです。
DNAとRNAの化学成分を見てみると、糖は炭素、水素、酸素、塩基は炭素、水素、酸素、窒素、リン酸は水素、酸素、リンからできています。
炭素、水素、酸素、窒素は、大気や水の基本となる元素なので普遍的に多く存在します。しかしリンだけは普遍的に多くは存在しない特別な元素です。
ここでの注目点は、遺伝子に必要な元素でリンだけ特別な存在ということです。
■リンは生物のからだの中の大切な元素
生物の体は細胞からできています。細胞はDNAとRNAが基となってできていますので、体じゅうの全ての細胞にリンは存在します。
人間の体についてみるとリンはカルシウムに次いで2番目に多い体の中のミネラルです。リンの85%がカルシウムやマグネシウムと結合し、歯や骨として使われています。その他のリンは、細胞膜の成分や核酸などの細胞の構成成分として存在しています。
またリンは、ATP(アデノシン三リン酸)という高エネルギーを発生する物質にも含まれ、体の中でのエネルギーの生産・運搬にかかわっています。ATPが分解されエネルギーを出してADP(アデノシン二リン酸)とリン酸ができ、食べ物を燃焼して得られるエネルギーによって再びATPに合成されます。人間の体内にはわずか数10グラム、約3分間分のATPしか存在しませんが、常に使っては合成しているそうです。
ここでの注目点は、リンは生物のからだと活動になくてはならない元素ということです。
■リンは特殊な地層に長い年月をかけ濃縮したもの
遺伝子や生物のからだにとって重要で多くの量を必要とするリンですが、土や水の中に普遍的に多くあるわけではなく、非常に特殊な地層にしか多くは存在していません。
リンは天然資源としては、リン鉱石として存在しています。リン鉱石の鉱床は、そのでき方(成因)によって、無機質と有機質に分けられます。それぞれ代表的なものに、無機質リン鉱石では火成リン鉱石、有機質リン鉱石では海成リン鉱石とグアノと呼ばれるものがあります。いずれも古いものでは数億年、新しいものでも百万年という長い年月をかけて、特殊な条件で限られた地層にリンが濃縮したものです。
<無機質リン鉱石・火成リン鉱石>
地殻変動によって生じた金属鉱床と同様の無機質のリン鉱石の鉱床で、代表的な鉱物はリン灰石(アパタイト)です。
<有機質リン鉱石・海成リン鉱石>
海水中のリンが生物の作用によって海底に堆積した後、地殻の隆起によって陸化して地表にもたらされたものです。海中でのリンの沈殿作用には、湧昇流などの海水の理化学的変化による無機化学的な沈殿、海底に生息する細菌や酵素などの生化学的な固定による沈殿、海中動植物の遺骸の沈積の3つの説が考えられています。鉱床は海洋沈積岩と呼ばれます。
<有機質リン鉱石・グアノ>
海鳥糞とも呼ばれ、海鳥やこうもりの排泄物が海洋中の海や海岸付近に堆積したものです。鳥糞石、糞化石質リン鉱石の鉱床といいます。太平洋のナウル島(共和国)やパラオ共和国のアンガウル島、ペルーのチンチャ諸島などが有名です。
我が国にもグアノがあります。北海道のゴメ島(ウミネコ、オオセグロカモメの繁殖地)、小笠原諸島の鳥島・南鳥島(アホウドリの生息地)、奄美群島の与論島、八重山諸島の波照間島、韓国との外交紛争のある竹島、大東諸島の北大東島や沖大東島(ラサ島)などです。
中編はここまです。リンは遺伝子などの成分に必須で生物のからだの中の大事な元素ですが、非常に特殊な地層にしか多く存在しません。後編では資源としてのリン酸の世界的な偏りや我が国でのリン資源の動向について紹介します。