技術資料
やわらかサイエンス
巨石と津波 －何度もあった三陸の津波と津波石－（後編）
前編では、三陸の大津波と津波石を紹介しました。大津波は南西諸島でも発生して津波石が発見されています。
その津波は771年に発生したM7.4の明和地震とその大津波（八重山津波）です。三陸と違って、八重山津波以前の津波についてはほとんど情報が無いそうです。最近の地層の津波痕跡の研究により、大津波は約600年に1回の間隔で何度か発生したともされています。
南西諸島：九州南端から台湾北東にかけて位置する全体の島嶼群（とうしょぐん）で、北から順に大隅諸島、吐噶喇列島（とかられっとう）、奄美群島、沖縄諸島とその東方の大東諸島、宮古列島、八重山列島とその北方の尖閣諸島です。
津波石ですが、南西諸島のうち石垣島や宮古島などを含む先島諸島（さきしましょとう）の海岸には、津波によって運搬された直径10m以上の津波石が分布しています。しかし沖縄本島や奄美大島では同様の津波石は認められないそうです。
先島諸島：宮古列島、八重山列島と北方の尖閣諸島のことです。宮古列島は宮古島、下地島など、八重山列島は石垣島、小浜島、西表島、波照間島などです。
石垣島の津波石は、2013年に東海岸に点在する津波石が「石垣島東海岸の津波石群」として国の天然記念物に指定されました。いずれも歴史的な裏付けや科学的な検証で確認されたものです。大浜の崎原公園内にある「津波大石（つなみうふいし）」、大浜の畑地にある「高こるせ石」、伊野田の畑地にある「あまたりや潮荒（すうあれ）」、平久保半島安良の浜辺にある「安良大かね（やすらうふかね）」、伊原間のヤバガ浜にある「バリ石」です。
■なぜ津波石は沖縄本島や奄美大島にはなく先島諸島だけ？
沖縄本島や奄美大島では同様の津波石は発見されておらず、津波が発生した証拠が見当たらないのはなぜでしょうか。
産業技術総合研究所（活断層・火山研究部門）は日本周辺海域の海底地質図の整備、海上保安庁海洋情報部は海底地形と海底地質構造の調査を行ってきました。両機関がデータを共有して地質構造を解析し、1771年の八重山津波の発生原因が巨大な海底地すべりである可能性があることを突き止めました。
さらに建築研究所と東北学院大学が数値計算による津波の再現に取り組みました。先島諸島の南方沖には、水深6000mの琉球海溝があり、石垣島側に幅50kmの隆起帯（水深3000mなので海溝からみると3000mの山々）があります。ところが、その隆起帯が石垣島の南方では消滅して凹地になっています。この凹地は巨大な地すべりでできたもので、数値計算で地すべりにより発生する津波を再現すると八重山津波の波の高さとなりました。したがって津波石は石垣島や宮古島でしか見つかれないことになります。また、今後、この地域では巨大地すべりと大津波が発生する可能性があること、その他の南西諸島では可能性が低いことなどが推定されています。
右：石垣島、宮古島周辺の巨大津波の発生原因となった海底地すべりの位置
（いずれも国立研究開発法人 産業技術総合研究所 研究成果記事一覧・2018年・石垣島、宮古島などを襲った1771年八重山巨大津波の発生原因を解明－詳細な海底地形データの解析により大規模海底地すべりを発見－より抜粋）
■津波石はどこから？
先島諸島に襲来した津波は、八重山津波を含めて何度かあったと津波石やそれに付着しているサンゴや貝類の化石などの放射性炭素を用いた年代測定で推定されています。一方で数千年に遡っても大津波の発生は八重山津波の1回だけとする研究者もいます。
津波の回数は別として、先島諸島にある津波石は八重山津波の1回で運ばれた巨石とする研究があります。巨石を詳細に調査するといずれの巨石も汀線（ていせん：海と陸の境界線）付近の浅瀬や陸上部にあったとしています。その理由は巨石には波の浸食を受けた形跡がないこと、巨石があったと考えられる場所が海寄りの浅瀬にあることです。
水理実験でも津波の高さが10mで巨石は移動が可能であり、津波の最大遡上高が40mとされているので、巨石を動かすに十分な力が働いたとしています。
巨石と津波は如何でしたしょうか。未曾有の被害を及ぼした大津波の想像を超えるエネルギーの大きさが、少し想像できるように思います。改めて自然災害への備えの大切さを考える機会になりました。
※資料等最終参照日：2019年12月