技術資料
やわらかサイエンス
地底の森ミュージアム -地層の下にさらに湿地林遺跡-(後編)
地底の森ミュージアムは、その名前の通り「地底」という環境そのものが展示物であるため、保存と展示のためにさまざまな工夫がなされています。一口に「地底」といっても、鍾乳洞や鉱山などの岩盤の地下が一般的です。地底の森ミュージアムは、地下の湿地という極めて特殊な環境にあります。なぜなら、水浸しでは展示にならない、展示するために乾燥させると遺物が破損するといった事態を招く環境だからです。そこで、地下水位が高い地層(水浸しの地層)にある遺跡での挑戦的な保存技術について見てみましょう。
■地底の森ミュージアムの保存への挑戦
地底の森ミュージアムの建物は、遺跡の保存のために工事による影響を極力抑えただけでなく、保存と展示のために様々な工夫をしています。その主たるものが建設技術です。具体的には建物内への地下水の侵入を防止するため、厚さ80cmの鉄筋コンクリート製の外壁を地下20mの深さまで設置しています。これは土木工事で、巨大な地下タンクや地下施設の建設に用いる地下連続壁にも匹敵するものです。地下連続壁は、2017年掲載の「じめんの中の壁もいろいろ(中編)」にも紹介しています。
地下連続壁のおかげで地下水の侵入はおおむね防止できましたが、外界と完全に遮断された訳ではありません。建物の底の地層で外界と繋がっています。地下水は年間を通じて変動があるため、ポンプにより排水をしています。そのため、乾燥により保存性は向上しますが、土に含まれている塩分が白く析出するようになりました。排水を抑える必要がありますが、抑えすぎると過湿となり藻類が繁殖します。地底の森ミュージアムでは、水分コントロールと藻類抑制剤の利用で、展示と保存に最適な環境作りを行っているそうです。
遺跡を発掘されたままの状態で保存しかつ展示するために、「ポリシロキサン」という無色・無臭の保存処理剤が使われているそうです。ポリシロキサンはケイ素化合物の一種で、化学反応によって水に溶けにくくなり、また分子レベルで水の動きを抑え、カビなどの発生を防止する効果をもっているそうです。保存処理は、樹木と土とが対象となるため、ポリシロキサンの分子構造式を変えて、それぞれに適したものを使用しているそうです。
■木製遺物の保存技術
遺跡を調査していると土器や石器などだけではなく、木製の遺物が出土する場合があります。木製のものは有機質なので、一般には腐って分解されてしまうので、遺跡からはあまり多くは出土しません。出土する場合は、地下水位が高く酸素が供給されない環境、極低温の環境、砂漠のような著しく乾燥した環境ですが、我が国では地下水位が高く酸素が供給されない環境が当てはまります。
木質のものが腐って分解されるのは微生物の働きによるため、微生物が活動できる適当な水分、温度、酸素が必要になります。このうちの酸素が欠けると遺物として残ることになります。
木製の遺物は、木の組織が水浸しの状態だからこそ残っているので、乾燥させると激しく収縮して組織が崩壊してしまい、遺物としての価値が失われてしまいます。また水浸しの状態で保存するにはカビが生えたりして、良好な状態を維持することが困難です。そこで、水に替わるさまざまな物質で水と置き換える方法が用いられます。
樹脂含侵法
高分子化合物で一種であるポリエチレングリコール(PEG)を水に溶かして染み込ませ、徐々に濃度をあげて水分をPEGと置き換える方法です。最も一般的な方法ですが、PEGの再溶出を防ぐために温湿度を制御した環境に保管する必要があります。
含侵法には二段階で行う方法があります。水分をエタノールに置き換え、次に有機溶剤であるキシレンに置き換えるアルコール・キシレン・樹脂法、水分をメタノールに置き換え、次にセチルアルコールなどの高級アルコールに置き換える高級アルコール法、水分をエタノールに置き換え、次に加熱して液状になった脂肪酸エステルを染み込ませる脂肪酸エステル法などです。
真空凍結乾燥法
40%濃度のPEGと水分を置き換えてから、真空凍結乾燥機でマイナス40℃まで温度を下げて真空状態にして乾燥させる方法です。食品のフリーズドライとして馴染みがある方法で、墨や顔料が残る遺物に使われます。
薬剤の含侵と乾燥を組み合わせた方法には、糖アルコールの一種であるラクチトールとトレハロースを混合した水溶液を染み込ませた後に乾燥処理を行う糖アルコール含侵法があります。
保存方法は、木製遺物の樹木の種類、劣化状態、形状、大きさ、厚み、金属との複合物、あるいは費用や期間などによって選択します。
地底の森ミュージアム-地層の下に水田遺跡- と -地層の下にさらに湿地林遺跡- は如何でしたしょうか。杜の都仙台に行く機会がありましたら、是非、ユニークな「地底の森ミュージアム」に立ち寄ってみて下さい。
>>地底の森ミュージアム
※資料等最終参照日:2020年3月