技術資料

やわらかサイエンス

地層と健康いろいろ(後編)

担当:藤原 靖
2018.04

粘土は薬に使われたり、食べて健康増進を図ったりしますが、体に悪影響を与える場合もあります。また地層からは世紀の大発見もありました。

■吸うと危険

粘土や鉱物を食べる機会はほとんどありません。しかし微粒な粘土や鉱物を吸う機会は結構あります。微粒な粘土や鉱物の種類と量によっては、呼吸器系での病気を引き起こします。古くから知られているじん肺や珪肺(けいはい)です。

実際には吸い込んだ微粒子の大部分は体外に出されます。これは体に備わる防御機能で、微粒子は鼻水や痰として体から出ます。気管支に入った場合は、気管支にある繊毛(せんもう)と呼ばれる非常に細かい毛で鼻や咽喉(いんこう)に押し戻されます。気管支を通り越して肺まで入った場合は、肺胞(はいほう)と呼ばれる小さな空間で、肺胞マイクロファージという細胞レベルでの働きがあり、微粒子は気管支へと運び出されます。

吸入器に入った微粒子の対外への排出イメージ

しかしほんの一部の微粒子は肺に沈着してしまいます。沈着によって、肺の繊維化やがん化を引き起こすことがあります。肺の繊維化がじん肺と呼ばれる病気で、肺胞の組織が繊維化して硬くなり、酸素の取り込みがスムーズにできなくなるものです。主にトリディマイト、クリストバライト、石英といったシリカ鉱物によって生じます。がん化は肺がんや悪性の中脾腫(ちゅうひしゅ)と呼ばれる病気で、細胞レベルでの物理的刺激によると考えられていますが、そのメカニズムには不明なことが多いそうです。物理的刺激はアスベストが原因で、アスベストはクリソタイル、セピオライト、パリゴルスカイトなどの繊維状鉱物の総称です。

左:石を削る作業、右:微粒子が漂うトンネルの中での作業風景

じん肺の原因となるシリカ鉱物は、ごくありふれた鉱物なので地層には普通に含まれています。そこで、古くは石工などの石材の切り出しや加工をする人の病気として知られています。

奇岩地帯や地下都市として有名なトルコ共和国のカッパドキア地域では、一般市民の間で広範囲に、中脾腫が古くから風土病として発生していたことが明らかにされています。原因は、カッパドキア地域に分布する凝灰岩に含まれる繊維状のゼオライトを吸入したことによるそうです。
鉱山での採掘作業やトンネル工事の掘削作業で、坑道などの閉鎖環境に飛散した微粒子がじん肺を引き起こします。そこで作業環境は換気をして微粒子を少なくし、働く人はマスクを使って呼吸器系に入らないように努めています。

アスベストは石綿(せきめん)とも呼ばれ、直径は髪の毛の数千分の一という細さです。耐熱性や電気絶縁性に優れているため、建設資材、電気製品、自動車部品などに大量に使用されてきました。理科実験で馴染みのある石綿付き金網にも使われていましたが、現在は使用が禁止されています。

アスベスト吹付というものがあり、学校施設などの防音用、学校や公共施設に限らず鉄骨構造での火災時の断熱用や一般建築物での耐火断熱、防音、結露防止として普及していましたが、施工時や解体時の飛散によって健康被害を生じています。
有害なアスベストに替わるものとして、さまざまな代替繊維材の開発が行われていますが、微粒子による発がん機構の解明と合わせて研究が進められています。

アスベストは地層の中にもあります。蛇紋岩(じゃもんがん)と呼ばれる表面の模様が蛇の皮に似ている岩石です。表面は緑色や黄色で光沢があり、その美しさから庭石や装飾品などにも利用されています。角閃石(かくせんせき)やタルク(滑石 かっせき)にも石綿が含まれています。

左:カッパドキアの住居、中:針状結晶がよく分かるアスベストの電子顕微鏡画像、右:鉄骨に吹き付けられたアスベストを含む材料

■土から大発見

地層の中、特に表面の部分の土には鉱物の他に様々な生物が生息しています。生物には土壌動物と土壌微生物とがあります。土壌微生物には、さらに細菌、放線菌、糸状菌、藻類、原生動物があります。

土壌微生物の中で特に放線菌はユニークな菌糸状の微生物で、土の中で周囲から栄養分を摂って生活しています。放線菌が生活しているエリアに他の菌が入ってくると栄養分の取り合いになって、自分達が確保できる栄養分が減ってしまします。そこで、放線菌はある種の物質をつくり出して他の菌が入って来ないようにして、自分のエリアを確保するという性質があります。

ある種の物質が抗生物質です。抗生物質の中にストレプトマイシンというものがあります。ストレプトマイシンは、1943年に米国のラトガース大学のセルマン・ワックスマン氏が研究した方法や技術を用いて卒論生のアルバート・シャッツ氏が発見しました。ストレプトマイシンは多くの感染症の特効薬であり、特に不治の病と言われた結核にも効果がありました。ワックスマン氏は、その他アクチノマイシンやネオマイシンなどの多くの有益な抗生物質を発見した功績で、1952年度のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。地層の研究者としては唯一のノーベル賞の授賞者です。

我が国には、公益財団法人日本ワックスマン財団という組織があります。ワックスマン氏が、ノーベル賞受賞式の帰途、故北里柴三郎生誕百年祭の招聘に応じて来日しました。日本各地の視察よって、経済的な制約と格闘する研究者の支援のために三笠宮崇仁親王殿下が名誉総裁となられ、1957年に財団が設立されました。現在は、秋篠宮文仁親王殿下が名誉総裁となられ、これまでに幅広い研究助成を行っています。

左:セルマン・ワックスマン氏、右:白カビのような土の上の放線菌のコロニー

放線菌は2015年にノーベル生理・医学賞を受賞した大村智氏の研究でも注目されました。大村氏は170種を超える化学物質を発見し、特にその中でもイベルメクチンは、世界的な寄生虫による感染症の治療と撲滅に貢献しています。

今回の「地層と健康いろいろ」は如何でしたでしょうか。胃腸薬や漢方薬を使う時には是非思い出してみて下さい。また肺結核やさまざまな感染症の治療の話題があった時には、地層に住む放線菌の恵みと偉大な研究者の足跡を思い起こして下さい。


※資料等最終参照日:2018年4月

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