技術資料

やわらかサイエンス

地層と健康いろいろ(前編)

担当:藤原 靖
2018.02

やわらかサイエンス2017年掲載の「地層のことわざいろいろ」で紹介したものの中に「薬石効なし」や「薬石の言」というがありました。ここでの「石」の意味は、昔の治療器具のようですが、石は薬としても用いられていたようです。
例えば、最近では病気の予防や服用時の副作用の少なさが見直され、一般的になっている漢方薬の材料としてです。その一方では、地層の仲間である鉱物には、呼吸時に吸い込むと健康障害を引き起こすものが知られています。

今回は石、土、鉱物と健康との関わりについて、昔と現在、健康に良いこと悪いことのいろいろを紹介します。

左:校倉造りの正倉院、右:奈良の東大寺大仏殿

■いにしえの薬として

どの時代でも医療は非常に重要なものでした。病気や治療に関する知識や技術もさることながら、薬は非常に貴重でした。多くの貴重なものや宝物が現在まで伝わっている正倉院の御物の中にも薬があります。

正倉院には、桓武天皇の遺愛の品々や東大寺の宝物が保管されています。桓武天皇の皇后である光明皇后が、亡き天皇を偲んで東大寺に献納したものです。その際、薬も献納したので、その種類と量が「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」に掲載されています。

薬の種類は60種類で、そのうち40種類程度が現在まで正倉院に保管されているそうです。動物の分泌物、角、骨、化石、昆虫の分泌物、植物の種子・果実、根茎、樹脂などの他に、地層の仲間である鉱物に由来する生薬が含まれています。これを古代石薬と呼び、そのうちのいくつかを紹介します。

左:薬研、右:乳鉢

【朴消(ぼくしょう)】 正倉院に現存しない
無水の硫酸ナトリウム(Na2SO4)です。現在、似ている名前に芒硝(ぼうしょう)がありますが、こちらは10水塩(Na2SO4・10H2O)です。主成分の硫酸ナトリウムは、腸管でほとんど吸収されないため、腸管内への水移行が促進し、便を軟らかくすることにより通便作用を示すと考えられています。

寒水石(かんすいせき) 正倉院に現存しない
種々薬帳に書かれている薬物。炭酸カルシウムの結晶のひとつである方解石(CaCO3)です。用途は止渇薬(しかつやく:口の渇きをとめる薬)、利尿薬(りにょうやく:尿の排出量を増やす薬)などです。

理石(りせき) 正倉院に現存する
種々薬帳に書かれている薬物。石膏の一種、繊維状の石膏(CaSO4・2H2O)です。用途は止渇剤、解熱剤などです。

禹余粮(うりょう) 正倉院に現存しない
粘土を抱え込んだ褐鉄鉱で、粘土の主成分は加水ハロイサイトです。慢性下痢に用いられます。

【大一禹余粮(たいいつうりょう)】 正倉院に現存する
褐鉄鉱の特殊な自然産出状態で、中心に砂を抱え込んで殻状に固まった形のものです。外が卵の殻のようにすべすべしたもの、荒い砂をつけたもの、珪質の礫と一体化したものなどがあります。用途は止瀉薬(ししゃやく:下痢止め)や止血剤などです。

赤石脂(しゃくせきし) 正倉院に現存する
種々薬帳に書かれている薬物。鉄分を含んだ白雲母です。用途は止血薬や止瀉薬などです。

鍾乳床(しょうにゅうしょう) 正倉院に現存する
鍾乳石の破片であり、鉱物としては方解石(CaCO3)です。用途は止渇薬、利尿薬などです。

芒消(ぼうしょう) 正倉院に現存する
種々薬帳に書かれている薬物。成分は含水硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)です。用途は下剤、利尿剤などです。

雲母粉(うんもふん) 正倉院に現存する
種々薬帳に書かれている薬物。白雲母の微粉で、用途は整腸薬、強壮薬です。

蜜陁僧(みつだそう) 正倉院に現存しない
組成の酸化鉛、主として一酸化鉛(PbO)からできています。痔、湿疹、腫れ物、潰瘍、腋臭(わきが)の外用薬として用いられています。

戎塩(じゅえん) 正倉院に現存する
種々薬帳に書かれている薬物。戎塩とは塩湖周辺の土壌です。止血や視力の効能があり、血尿や歯肉出血、歯痛、結膜炎などに用います。

■漢方薬では

現在でも大活躍している漢方薬、例えば馴染みのある葛根湯などは、生薬と呼ばれる原料を効能に応じて調整したものです。その生薬には麻黄(まおう)、大黄(だいおう)、芍薬(しゃくやく)、葛根(かっこん)、大棗(たいそう)、当帰(とうき)、黄連(おうれん)、桂皮(けいひ)、良姜(りょうきょう)、阿膠(あきょう)、呉茱萸(ごしゅゆ)、十薬(じゅうやく)、石膏(せっこう)、独鈷(どっこ)、木香(もっこう)、人参(にんじん)、莪朮(がじゅつ)、淫羊蕾(いんようかく)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうが)などがあります。生薬のうち、石膏だけは鉱物です。

石膏は日本にも産出する豊富な生薬です。ほぼ純粋の硫酸カルシウムの結晶、含水硫酸カルシウム(CaSO4・2H2O)で、現在用いられるものは繊維状石膏です。石膏は砕けやすいのですが、水にはよく溶けません。  石膏が配合される漢方薬は、のどの渇き、動脈硬化、高血圧、気管に関連するものとして扁桃炎、扁桃周囲炎、気管支喘息、肺炎、肺気腫に効能のあるものに使われているそうです。

左:漢方薬の生薬イメージ、中:漢方薬、右:生薬の一つである繊維状の石膏

前編は、ここまでです。中編では「現在の薬にも」、「粘土を食べて健康増進」、「食べてはいけない」を紹介します。


※資料等最終参照日:2018年2月

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