技術資料

やわらかサイエンス

酸っぱさもいろいろ(前編)

担当:藤原 靖
2017.06

やわらかサイエンス2016年掲載では、「塩からさもいろいろ」で塩と地層にまつわる諸々のことを紹介しましたが、今回は酸っぱい地層の話です。酸っぱさは「酸」や「酸性」のことです。酸性という言葉を聞くとガーデニングや家庭菜園をやっている人は土作りで気になることですね。また最近では血液が酸性になっているので「野菜を摂ろう。」なども身近な話題ですね。実は地層にも酸っぱいものがあります。今回の話は酸っぱい地層です。

■酸のおさらい

まず、酸についておさらいをしましょう。酸といえばリトマス試験紙です。酸は青色のリトマス試験紙を赤色に変えます。酸っぱい梅干しは、最初は緑(青)で赤に色が変わると覚えました。

酸とは水に溶けたときに電離して水素イオンを生じる物質のことです。この水素イオンを生じる力の強弱で強い酸(強酸)と弱い酸(弱酸)に区別されます。強酸は非常に危険な薬品です。理科の実験でお馴染みのものは、先生から取扱いを注意された、あの塩酸や硫酸です。生活の中での強酸といえば、塩酸系のトイレ用の洗剤くらいでしょうか。

弱酸といえば、鼻につんとくる酢酸がお馴染みですね。弱酸は強酸と違って、私たちの生活の中に普通にあります。特に食べ物にもたくさん含まれています。調味料の米酢や黒酢、果物に含まれるクエン酸やリンゴ酸などです。

酸は強弱の区別の他に、無機と有機という材質的な区別があります。塩酸、硫酸、硝酸などの炭素を含まないものを無機酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、コハク酸など炭素を含むものが有機酸です。

左:酸性からアルカリ性までが分かる便利なpH試験紙
中:食生活にかかせないいろいろな食酢
右:トイレ掃除に欠かせない塩酸系洗剤(右端)
左:酸性からアルカリ性までが分かる便利なpH試験紙
中:食生活にかかせないいろいろな食酢
右:トイレ掃除に欠かせない塩酸系洗剤(右端)

水素イオン濃度は、一般にpH(ピーエイチ、ペーハー)として知られています。pHは水素イオン(濃度)指数ともいいます。pHは水素イオンの濃度を対数によって表した量なので、指数という言葉が使われます。pHの値は0~14の範囲にあり、7が中性で7より小さい値は酸性、大きい値はアルカリ性なのはご存知の通りです。

■地層の酸っぱさは

酸っぱい地層と関係のある酸とはどのようなものでしょうか。ここで地層の成分について少し詳しくみてみます。地層はほとんど鉱物と鉱物に由来する無機質な物質からできています。これを鉱質(こうしつ)といいます。地層の地表に近い部分、あるいはその昔、地層に近かったことがある地層には、有機質の物質も混じっています。これは地表に近い部分では樹木などから落葉落枝として供給される有機物が地層に混じるからです。したがって、地層には無機の酸と有機の酸が含まれている可能性があります。

硫酸

酸っぱい地層の主役は硫酸です。主役の硫酸についは後編で詳しく紹介します。

塩酸

自然界で塩酸が見られるのは非常に珍しいことです。日本ではラジウム温泉の岩盤浴として有名な秋田県の玉川温泉の温泉水に塩酸が含まれています。これは世界的にみても非常に珍しい温泉ではないかと思います。

玉川温泉は、温泉の療養効果などで注目されていますが、古くから魚が住めず、いったん流れ込むと農作物も育たないことから玉川毒水として人々に恐れられてきました。何とpHが1.5と日本で一番低い温泉と言われています。

そのほか、塩酸が自然の中で見られるのは私たちの胃の中の胃液です。pHが1.0~1.5くらいだそうです。生物の体というのは驚異の世界ですね。食物を溶かすための塩酸を自分の体で作って、それを生身である胃の中に保管しておくことができるのですから。

硝酸

硝酸は酸として自然界では見られません。硝酸塩や硝酸イオンとしてなら、地層に含まれている場合があります。それは家畜の糞尿が混じっている、あるいは人間が肥料を散布した場合であり、実際には非常にまれです。

しかし硝酸塩や硝酸イオンは私たちには有用なものです。1つは農業で、もう1つは火薬です。したがって、どちらの用途でも硝酸塩や硝酸イオンは自然界ではあまり存在しないので、人間は非常に苦労して集めてきた歴史があります。農業では、家畜糞尿や人糞を肥料として土に撒いて、植物の必須元素である窒素を含む硝酸塩や硝酸イオンを増やしていました。火薬ではもっと苦労して集めていました。

火薬を作るのに硝酸カリウムはなくてはならないものです。そこで人間は、硝酸カリウムの自然界でのでき方を苦心して再現して作っていました。動物の尿に含まれる尿素、またそれが分解することによって生じたアンモニアなどの窒素化合物をバクテリアが分解する過程で硝酸イオンでき、さらにカリウムイオンと硝酸塩を作って完成です。これが塩硝です。

塩硝ができるプロセスに適した環境が床下です。何年もかかって床下の土に尿を撒き、これを集めてお湯に溶かし出し、炭酸カリウムを含んだ草木灰を加えて硝酸カリウムの塩水を作り、これを煮詰めて作っていました。この方法を「古土法」といいます。合掌造りで有名な富山県の五箇山は塩硝の生産拠点であったそうで、創意工夫により「古土法」よりも生産性の高い「培養法」を使っていたそうです。これは後に南米のチリから莫大な埋蔵量を有した天然の硝酸ナトリウムであるチリ硝石の輸入が始まるまで続きました。

左:塩硝作りは合掌造りの里での重要な産業でした、右:塩硝作りは囲炉裏端の床下で行われたそうです
左:塩硝作りは合掌造りの里での重要な産業でした
右:塩硝作りは囲炉裏端の床下で行われたそうです

有機酸

有機酸はというと、植物が分解する過程で酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、コハク酸などの有機酸もわずかにできますが、直ぐに微生物に食べられてしまいます。地層に含まれるものは、腐植酸やフルボ酸といわれる高分子の有機酸の混合物で、炭素がたくさんくっついている分子量の大きいものです。混合物なので、これといった化合物の名前を特定するのが難しい酸です。

腐植酸やフルボ酸は、色が黒いのが特徴です。よく森が海や川を育てるといいますが、これは土壌や落葉・落枝が分解して堆積した層から、腐植酸やフルボ酸などの有機酸、特にフルボ酸が溶け出して川や海に栄養を補給することをさしています。有機酸の役割りは生態系では重要ですが、一般には地層が酸っぱくなるほどの影響力はありません。シベリアやカナダなどのタイガと呼ばれる寒くて湿潤な針葉樹林帯に分布するポドゾルと呼ばれる特殊な土壌が強い酸性を示します。これは、針葉樹が供給する酸性の腐植酸やフルボ酸の影響で、有機酸で酸っぱい地層になった珍しい例です。

左:森の地層からの流れ出る水(フルボ酸などが含まれる)
右:針葉樹の森(林床には酸性土壌ができることがある)
左:森の地層からの流れ出る水(フルボ酸などが含まれる)
右:針葉樹の森(林床には酸性土壌ができることがある)
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