技術資料
やわらかサイエンス
じめんの中の壁もいろいろ(前編)
今回は地層にまつわるいろいろな話の中から、地面の中にある壁の話を取り上げてみました。壁というと、生きていく上での障害、人間関係や心理的な難しさなどの表現で使われることが多く、あまり良い印象が無いかもしれません。こちらは、壁は壁でも目には見えない壁ですね。
一方で、私たちの生活の中で、家の壁、塀、石垣、防波堤など、木、漆喰、石、コンクリート、鉄などでできた見える壁もたくさんあります。その中でも有名なものは「嘆きの壁」と「ベルリンの壁」でしょうか。
嘆きの壁は、イスラエル国のエルサレム旧市街の西側の城壁の一部のことで、ソロモンの神殿の城壁の跡とも言われています。ユダヤ人の聖地とされ、中世の昔からユダヤ人の祈りの対象で、大切に守られてきた壁です。人々にとっての「守るための壁」、「頼れる壁」と言えます。人工衛星からも見える中華人民共和国の万里の長城なども「守るための壁」と言えますね。
ベルリンの壁は、第二次世界大戦後にドイツ連邦共和国の首都ベルリンの周囲を囲むため、東ドイツ(ドイツ民主共和国)が作った壁です。この壁は東西冷戦の象徴でしたが、1989年に崩壊しました。こちらは、壊されることが望まれた壁です。人々にとっての「分断する壁」、「妨げる壁」と言えます。アメリカ合衆国とメキシコ合衆国との3,141kmにも及ぶ国境に作ろうとしている壁も「妨げる壁」ですね。
では地面の中にある壁とはどのようなものかご存知でしょうか。私たちの普段の生活では、目にする機会はなかなかありません。しかし地面の中の壁は、案外重要な役目を果しています。ではどのような目的で、どのような方法で壁を作るのでしょうか。私たちの目に触れず注目されない、「縁の下の力持ち」ならぬ、「地面の中の壁」について紹介します。
壁の目的は2つです
地面の中に壁を作る大切な目的の1つ目は「頼れる壁」を作ることです。大きなビルの土台や地下駐車場などの地階の施設を作るために、地面を大きく掘り下げる場合の安全対策としての壁です。地面を大きく掘り下げると回りから土砂が崩れるので、あらかじめ壁を作っておいて、壁で囲まれた内側を掘り下げます。壁でしっかりと周囲の地盤が止められているので、できあがった地下の空間は安全というわけです。安全な空間を作ってはじめて安心して作業をすることができます。
このような壁を山留壁(やまどめへき)あるいは土留壁(どどめへき)と言います。駅のホームやビルの窓など、少し高い場所から工事中の現場を覗くと、その周囲に壁を見かけることがあります。
2つ目は「妨げる壁」です。地面の中の壁の大切な目的は、地面の中で流れている水の流れを止めることにあります。地下水の流れを止める目的は、地面の中に水を貯める場合と地下の施設へ地下水が入って来ない、あるいは施設の中のものが周囲に漏れ出さないようにする場合とがあります。
このような壁は、止水壁(しすいへき)あるいは遮水壁(しゃすいへき)と呼ばれますが、地面の中にあるので、私たちの生活の中で見かけることはありません。
壁に使う材料もいろいろです
では地面の中の壁はどのようにして作るのでしょうか。使う材料や作り方はいろいろあります。
■木や鉄の板で壁を作る
古くは、壁になるような薄い木の板を地面に差し込んで、板を繋げて壁を作っていました。薄い板にはマツやクリの木の板が使われていました。このような板を木矢板(もくやいた)と言います。しかし、木ですから地面深くまでは差し込むことができません。そこで、丈夫な鉄と一緒に木を組み合わせて使います。
その代表が親杭横矢板(おやぐいよこやいた)工法と呼ばれる、一番ポピュラーなものです。この工法は、親杭と呼ばれる断面がH形をした鉄骨を地面の中に1m程度の間隔で打ち込み、地面を掘り下げながら、横に木矢板を挟んでいくものです。
親杭は、オーガーと呼ばれるワインの栓抜きのようなスクリュードリルで穴を掘り、そこに鉄骨を刺していきます。鉄骨と木との間に隙間ができてしまうので、きちんと水を止めることはできませんが、土砂はしっかりと押さえることができます。この方法は作り易く鉄骨は何度も使えるので、経済性に優れた工法として普及しています。
次は木矢板ではなく鉄の板を地面に打ち込む工法で、これを鋼矢板(こうやいた、シートパイル)工法といいます。鋼矢板を打ち込む方法は、地面の中が粘土や砂などで柔らかい場合、柔らかいものに大きな石が混じっている場合、ほとんど岩石のように固い場合など様々ですから、状況に合わせて差し込む方法を選びます。 柔らかい場合は、機械式のハンマーで打ち込む方法と油圧で押し込む方法があります。ハンマーの方は安くできますが騒音と振動が発生します。油圧の方は少し高価ですが静かです。
地面の中に大きな石が混じっている場合は大変です。オーガーと呼ばれるスクリュードリルとケーシングと呼ばれる鋼鉄製の円筒を回転させてセメントミルクを注入しながら地面に差し込んでいき、ケーシングを引き抜いて鋼矢板を押し込んでいく方法があります。またケーシングを回転させて差し込こんでいき、中の土砂を取出して砂と置き換え、ケーシングを引き抜いた後に砂に鋼矢板を押し込んでいく方法もあります。
鋼矢板工法は、親杭横矢板工法よりも水を止めることができますが、止水を目的とする場合には、鋼矢板の継ぎ手部分にアスファルトやシリコーンなどを詰めて、しっかりと遮水します。
前編はここまでです。中編ではセメントを使って厚い壁を作る、後編では大きな箱を沈めて壁を作る、粘土で壁を作る、土を盛って壁を作る、凍らせて壁を作るについて紹介します。