技術資料

やわらかサイエンス

むきとゆうきで色いろいろ(後編)

担当:藤原 靖
2016.08

前編に続き、後編でも色鮮やかな岩絵の具を紹介していきます。

■朱色の岩絵の具

朱色・赤色は辰砂(しんしゃ)と呼ばれています。赤い鳥居でお馴染みの朱色です。辰砂は、丹(に)、丹生(にゅう)、丹砂(たんさ)、朱砂(しゅしゃ)などとも呼ばれる赤色の鉱物を粉末にしたものです。主成分は硫化水銀(II)(りゅうかすいぎん、HgS)です。水銀鉱床は、日本各地にありますが、特に中央構造線付近に集中しています。

辰砂は古代から顔料としてだけでなく、漢方薬、宗教儀式、金の精錬などと深い関係がある鉱物です。そのため、丹のつく地名が日本各地にあり、丹生を祭る神社もたくさんあり、やはり中央構造線付近に多くあります。朱色は鳥居だけでなく古くから宗教建築で用いられてきたため、火災により辰砂が木材と一緒に焼かれると水銀になって拡散するので、何度か火災を経験している古刹(こさつ)周辺では、土壌の水銀濃度が高いことが知られています。

辰砂の「辰」の意味は、色や成分ではなく、中国の辰州という場所でたくさん採れたことが語源になっているそうです。辰砂は日本では弥生時代から採掘され、キトラ古墳や高松塚古墳の石室の壁画などにも使われています。

左:朱色の岩絵の具で塗られた大猷院夜叉門の毘陀羅(びだら)
中:白色の岩絵の具で塗られた大猷院夜叉門の犍陀羅(けんだら)
右:岩絵の具の材料ですが石器の方が有名な黒曜石 
左:朱色の岩絵の具で塗られた大猷院夜叉門の毘陀羅(びだら)
中:白色の岩絵の具で塗られた大猷院夜叉門の犍陀羅(けんだら)
右:岩絵の具の材料ですが石器の方が有名な黒曜石

■黄土色の岩絵の具

黄土色は、名前もそのまま黄土(おうど)と呼ばれています。黄土は、黄土原鉱を粉末にしたものです。黄土はもともと中国北部の黄河流域の黄土高原を形成している風積土のことで、レスとも呼ばれ、悪名高い黄砂(こうさ)としてお馴染みの土です。詳しくは、「やわらかサイエンス 春の使者 -黄砂と地球環境との関係- 第45回(2007.05)」

をご覧ください。

黄土は、ケイ酸塩鉱物である粘土鉱物に酸化鉄が混じったもので、黄褐色の粘土ですから、日本中どこにでもあります。どこにでもある一方で、同じ色合いのものが同じ場所からたくさん産出しなければならないので、かえって難しいかもしれませんね。日本では京都伏見の稲荷山黄土が有名です。

■橙色の岩絵の具

黄色~オレンジ色~赤色とバリエーションのある橙色は、石黄(せきおう)と呼ばれています。岩黄(いわおう)、雄黄(ゆうおう)、雌黄(しおう)とも呼ばれるものを粉末にしたものですが、かなり名称の混同があるようです。

これらの名称で呼ばれる鉱物は、いずれも主成分はヒ素の硫化物です。黄色味が強いものは石黄・雄黄(orpiment、オピメント)で、成分は三硫化二ヒ素(As2S3)です。赤味の強いものは鶏冠石(realger、リアルガー)であることが多く、成分は硫化ヒ素(As4S4)です。国内では水銀鉱山である丹生鉱山やヒ素鉱山から産出します。

■黒色や灰色の岩絵の具

黒色は電気石末(でんきいしまつ)が代表選手です。これは電気石(tourmaline、トルマリン)を粉末にして作られた岩絵の具です。日本の代表的な産地としては,福島県石川,山梨県黒平,鳥取県広瀬鉱山,宮崎県鹿川,鹿児島県屋久島などがあります。

灰色は黒曜石末(こくようせきまつ)です。これは黒曜石(obsidian、オブシディン)の粉末で、黒曜石の色は主に黒ですが、茶色や半透明のものもあります。長野県や伊豆諸島、隠岐島が産地として有名です。ガラスとよく似た性質で、加工して尖らせることができるため、古代には世界中で矢尻や石斧などの石器として使用されていました。

■白色の岩絵の具

白色は胡粉(ごふん)です。岩胡粉(いわごふん)と呼ばれる方解末(ほうかいせきまつ)で方解石の粉末と帆立貝や牡蠣の殻を砕いた胡粉があります。成分は炭酸カルシウム(CaCO3)です。胡粉の「胡」は中国の西の方から伝えられたものという意味だそうです。シルクロードですね。楽器の胡弓(こきゅう)も西方から伝わったものでしょうか。「胡」がつく名前では、胡瓜(きゅうり)、胡桃(くるみ)、胡椒(こしょう)、胡麻(ごま)など植物の食べ物があります。

このようにいろいろな色調の岩絵の具がありますが、粉砕とか精製のような加工の過程でも色合いが変わってきます。粉砕とは岩絵の具の原料をだんだん小さな粒子の粉末にしていくことです。その粒子の大きさでも色合いが変わります。粉末の目の細かさは番号で分けられており、数字が大きくなるほど粒子が細かくものです。細かい粒子になるほど粒子表面の乱反射が多く白っぽい色になり、逆に粗いほど暗色の色合いとなります。

精製は、水簸(すいひ)という比重選鉱を用います。これは、粉砕した鉱石を流水にさらし,比重の小さい粒子や粒径の小さい粒子は沈むのが遅いので浮遊しています。一方、比重の重い粒子や大きい粒子はすぐに沈みます。こうして浮遊している部分と底に沈んだ重い部分を分けることができます。鉱石にはいろいろな鉱物が共存しているので、この精製過程でより純粋な部分と不純物の多い部分を分けることができ、粒子の大小でも分けることができるので、同じ原料から色合いの違ったものが得られる訳です。

■泥絵具と金泥・銀泥

泥絵具は、水干絵具(すいひえのぐ)とも呼ばれています。こちらは天然の土を原料として水簸をして作った絵の具です。土が原料なので、色合いは赤褐色、褐色、黄色、白色などの地味な色合いが一般的です。赤褐色は、赤土を原料にして作られますが、酸化鉄(赤サビと同じ成分)が多ければ多いほど赤くなります。赤い顔料で有名な弁柄(べんがら)も同じ成分で、アルタミラの洞窟壁画でも見られるように旧石器時代から使われています。アメリカ先住民の素焼きの壺などの彩色でも有名です。

一方白色は、白土と呼ばれるカオリンなどが主体の陶土が有名です。工業原料として重要な酸性白土はモンモリロナイトという鉱物なので、泥絵の具の白土とは鉱物の種類も性質も用途も違います。泥絵の具は、酸化鉄や粘土鉱物の混ざり具合の違いで、赤褐色から白っぽい色までの色合いを得ることができます。泥絵の具は岩絵の具に比べて、値段が安いあるいは粒子が細かいという特徴があります。したがって、素材に滑らかにたっぷりと塗ることができるので、下塗りなどにも利用されます。

金泥・銀泥(きんでい・ぎんでい)も極彩色の世界には無くてはならないものです。金・銀を薄い箔(はく)にしたものを、さらに粉末状にして膠が入った水で練って作る絵の具です。金泥は主に仏壇仏具・蒔絵・絵画・彩色・陶器にと幅広く使用されています。私たちの馴染みのあるところでは、位牌の戒名でしょうか。位牌は黒い漆(うるし)の下地に金泥で文字が書かれています。

左:西部開拓時代の錆びた犬釘(線路固定用の釘、錆の成分はベンガラと同じ酸化鉄)
中:アメリカ先住民がベンガラで描くアート
右:文化財の修理作業工程の説明看板(日光東照宮)
左:西部開拓時代の錆びた犬釘(線路固定用の釘、錆の成分はベンガラと同じ酸化鉄)
中:アメリカ先住民がベンガラで描くアート
右:文化財の修理作業工程の説明看板(日光東照宮)

極彩色に塗られる岩絵の具ですが、顔料は鉱物の種類によっては酸化、炭酸化、溶解などの化学変化するものがあります。膠は乾燥して硬くなっても耐水性がないので、湿気の影響を受けます。したがって、神社仏閣で長年の劣化で彩色が剥がれた彫刻や建築物をよく目にします。その一方で修復作業により元の輝きを取り戻した豪華絢爛なものを目にする機会もあります。修復作業には、伝統的な材料から岩絵の具を作る人達と伝統的な技法で描く人達の地道な作業があります。いつまでも残しておきたい文化ですね。

 今度、神社仏閣などで極彩色に塗られたものを見かけたら、この岩絵の具の話を思い出して下さい。印象もまた一段と深まること間違いなしです。

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