技術資料
やわらかサイエンス
凍った森がとけるとき
森林の紅葉が美しい季節になりました。そこで今回のやわらかサイエンスでは、酸素の供給源という視点から、その森林の存在を考えてみましょう。
森林といえば、二酸化炭素を消費し、酸素を供給してくれる源であるはずです。ところが近年、その森林が、二酸化炭素の供給源となっていると考えられ、その地球環境への影響が調査されています。特に消失が深刻だと考えられている森林とは、地球の森林面積の約30%を占めると言われているシベリアのタイガ(冷帯針葉樹林)です。タイガの火災が急増し、その結果取り戻しのつかない地球規模の環境破壊が始まっているというのです。
森林火災は本来、タイガが生存するために必要なプロセスの一つでした。タイガでは落ち葉が厚く堆積するため、根を土壌深くまで張ることが出来ずに枯れてしまう樹木が少なくありません。森林火災は、土壌の上に厚く堆積した落ち葉を焼き払い地表を露出させ、新しい樹木が根を張り生長しやすい土壌を作っていました。
ところが近年では、この植生のサイクルを超える勢いで火災がおき、バランスが失われ始めているのです。2002年の5月から8月にかけて発生した火災は、過去30年間で最悪と呼ばれるものでした。ロシアの首都のモスクワでは、環境基準2-3倍の濃度の二酸化炭素が検知されたということです。二酸化炭素の発生は、どの森林火災でも問題になります。では、何故、このシベリア地域のタイガの火災が特に深刻視されているのでしょうか。
これには、2-3万年前の地球の寒冷期に形成された、タイガの地下深部数百メートルに渡って分布しているという永久凍土が関係している、と考えられています。土壌の上に植生している針葉樹林が断熱材の働きをしているため、この地域の土壌は凍結したまま現在に至っているのです。永久凍土は夏季になるとその表層部だけが溶け出し、植物の成長に不可欠な水を供給していました。つまり、タイガと永久凍土はお互いに共存関係にあり、そのバランスを保ち続けてきたのです。
ところが、火災が発生すると、焼けつくされた後には今まで森林に覆われていたはずの土壌が露出します。火災発生前までは森林によりさえぎられていた太陽光が直接土壌に降り注ぎ、その結果土壌の温度が上昇します。暖められた土壌中では有機物の分解が進み、メタンガスが発生します。本来針葉樹は、表面積の小さい葉の形状を持ち、間隔をおいて植生するため、火災がおきても樹木から樹木へ火が移りにくいはずなのです。ところが土壌から発生するメタンガスは火災を促進するエネルギーと化し、地を這うように火が燃え広がるようになってしまうのです。このメタンガス自体、二酸化炭素の20倍の温暖化作用があるのだそうです。したがって、土壌の温度上昇だけでなく、更に大きなスケールでの温暖化に拍車をかける結果となるのです。
火災とメタンガスの発生により土壌中の温度は上昇し、凍っている土壌中の水が融解しはじめます。すると、かつて森林だった土地はやがて沼地化し始めます。一度沼地化してしまうと、その土地での森林の再生は大変困難か、ほぼ不可能となってしまいます。タイガの火災が引き金となり気温・地温が上昇し、その植生は変化し、そしてエコシステムはバランスを失います。この悪循環により、森林の再生が滞り、消失が加速されているのです。
タイガが瀕している危機的状況を解決するために、北海道大学、東北大学やロシアの研究機関、日本の大手民間企業などが共同で、森林保全技術の研究開発に取り組んでいるということです。しかし、ロシアで発生する森林火災の発生原因のほとんどは人間の手によるものであり、落雷などの自然に因を発する火災は2割以下だと言うことです。研究開発に参加している科学者だけではなく、一人一人が森林火災を防ぐために出来ることがあるのではないでしょうか。
参考資料
http://www.shigen.crest.jst.go.jp/sympo_03.html
http://asiadb.cneas.tohoku.ac.jp/html/etv2002.htm
http://www.museum.hokudai.ac.jp/newsletter/05/news05-06.html
http://www.foejapan.org/siberia/taiga/16.html
※最終参照日:2003年10月