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第24回 地震の前兆現象

担当:里 優
2018.12

本シリーズの締めくくりとして、三軸圧縮試験における軸差応力の増加に伴う岩石の体積増加を、地震予知に結び付けた研究を紹介します。その研究者はショルツ博士で、一連の研究成果は1973年のサイエンス誌にまとめて発表されました1)。研究成果が発表された当時の驚きは、下記の文献2)に示されています。

参考文献
1)Scholz CH, Sykes LR, Aggarwal YP: Earthquake prediction: a physical basis, Science,1973Aug 31,181(4102),803-810.
2)星野一男:果たして地震の前に岩石は膨張するか ~ショルツの予知理論とは~,地質ニュース,1974年1月号,No.233.

筆者もこの研究成果に触れ、Rock Mechanicsの研究に進みました。何といっても、小さな岩石試料を用いた実験から地殻の変形挙動を推測しており、壮大な研究分野だと感じたからです。

まずは、これらの文献をもとに、ショルツの考え方を示します。

本シリーズでは、三軸圧縮試験で軸差応力を増加させると二次クラックの伸長と開口が発生し、体積ひずみが膨張に転ずることを示してきました。ショルツは、それまで地震の前兆現象として観測されていた岩盤のP波速度(Vp)とS波速度(Vs)の比の変化、間隙水圧の変化、ラドンの放射、大小の前震などを、この体積の膨張と結び付けて考えました。すなわち、岩石試料の巨視的な破壊を地震の発生と見なせば、これに先立って生ずる体積の膨張が引き起こす様々な現象が地震の予兆であり、これらの現象を検知することができれば地震の発生を予測できると考えたわけです。

文献2)に掲載された説明図を図-1に示します。

図-1 ショルツモデルによる地震前後の変化
図-1 ショルツモデルによる地震前後の変化

本シリーズで見てきたとおり、水で飽和した岩石で軸差応力を増加させると体積ひずみが膨張に転ずるとともに、非排水条件では間隙水圧が減少しましたが、ショルツは、これが新しい空隙の発生を意味していることを理解していました。岩盤内のある領域で偏差的な応力状態が生じ、この領域で空隙の発生が急激に生ずれば、非排水条件での実験結果のように水圧が減少し、場合によっては不飽和になる空隙が発生すると考えました。このとき、岩盤のVpとVsは空隙の発生により共に低下しますが、間隙水の影響を受けにくいVsに比べ、飽和から不飽和となったためにVpは大きく低下し、Vp/Vsが小さくなると考えました。その後、間隙水圧低下により生じた圧力勾配により、周辺領域から水が空隙に流れ込んでくるために、Vpは回復しVp/Vsがもとの値に戻っていきます。このとき、間隙水圧は上昇していき有効拘束圧が減少するために空隙の発生が活発となり、岩盤の巨視的な破壊を引き起こし、地震の発生へとつながっていくと考えました。図-1の一番上のグラフがこの変化を表現したものです。Vp/Vsが低下しその後回復する場合は、回復後に地震が発生することを示しています。

このとき、水が発生した空隙に流れ込んでくるために電気抵抗が低下したり、空隙の増加によりラドンの放射が観測されたり、地表面が変形するなど、巨視的な破壊に先立つ空隙の発生が引き起こす現象が地震の前兆現象として観測されるとしています。

これまで紹介してきませんでしたが、三城目安山岩を用いた非排水条件での実験では、試料径方向のVpとVsの両方を計測したものがあります。この結果を、図-2~図-4に示します。軸差応力の増加とともに体積ひずみが膨張に転じ、同時に間隙水圧が減少することはこれまで説明したとおりです。このときのVpとVsの変化を図-3に、またVpとVsの相関を図-4に示します。本実験結果では、Vp/Vsは概ね一定に保たれたまま、それぞれが減少していきます。残念ながら、本実験では間隙水圧が0となり岩石試料が不飽和となるところまでは変形させていません。仮に不飽和となれば間隙水中をP波が伝播できなくなり、Vpが低下しVp/Vsが小さくなることは想像できます。また、間隙水圧の低下により有効応力が増加し、新しい空隙の発生にブレーキがかかり、体積ひずみの膨張や試料の破壊が抑止されます。

図-2 軸差応力と体積ひずみ(左)・間隙水圧(右)の関係(非排水条件)
図-2 軸差応力と体積ひずみ(左)・間隙水圧(右)の関係(非排水条件)
図-3 軸差応力と径方向Vp(左)・径方向Vs(右)の関係(非排水条件)
図-3 軸差応力と径方向Vp(左)・径方向Vs(右)の関係(非排水条件)
図-4 径方向Vpと径方向Vsの関係(非排水条件)
図-4 径方向Vpと径方向Vsの関係(非排水条件)

この状態から非排水条件を解き、試料に間隙水を流入させたとすれば、間隙水圧は増加し有効応力が低下するために、かかっていたブレーキが外れて試料は破壊へと向かうと考えられます。このとき、試料は再度飽和しVp/Vsは元の値に戻っていくでしょうから、これが破壊の前兆現象となると考えることに無理はありません。

この実験では、軸差応力を増加させていくことを前提にしています。しかし、第21回で紹介したクリープ破壊のように、応力を一定に保っていても、初期クラックの破壊が時間とともに進行するような場合には、やはり同じように空隙の発生が生じます。巨視的な破壊に向かうメカニズムは、軸差応力を増加させた場合と同様となり、Vp/Vsの変化も同様に生ずると考えられます。

このショルツのモデルは、小さな岩石試料から地震の前兆現象を想像するという、Rock Mechanicsの奥の深さを教えてくれる研究成果です。筆者は、現在でも内陸型の地震については、ショルツが示したような前兆現象が生じている可能性は高いと考えています。ただし、地震が発生したり断層が形成される場所を特定し、そこに観測機器を備えることはなかなか困難です。一方で、現代ではGPSやレーザスキャニングによって岩盤の動きを精密に捉えることができるようになってきました。技術の進歩により、ショルツが示した地震の前兆現象が捉えられる日も近いのではと考えます。

本シリーズを、第1回に示したコナンドイルの言葉で締めくくりたいと思います。

「論理的な思考をすれば、一滴の水からも大西洋やナイアガラの滝が存在しうることを推定できる」

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