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第5回 熊本地震の場合
今回も距離減衰式を用いた大地震時の揺れの推定方法について、防災科学技術研究所のK-NETの観測データを用いて、その妥当性を検討してみましょう。対象とした地震は、2016年4月14日に発生した熊本地震です(気象庁|顕著な地震の観測・解析データ>平成28年(2016年)熊本地震より)。
K-NETでは、熊本地震の震源付近に観測点が設けられています。図-1に〇で示したKMM005からKMM009がそれです。これらの観測点で計測された4月13日以前の小規模地震について、距離減衰式に基づく理論最大加速度に対する計測最大加速度の倍率を求めました。図-2から図-5のグラフで、青色のプロットが小規模地震時の理論最大加速度と計測最大加速度の相関を表し、直線は全プロットから求めた回帰式です。回帰式の傾き(y = axのa)が、この観測点における理論最大加速度に対する計測最大加速度の倍率です。観測点ごとに理論最大加速度と計測最大加速度との倍率が異なっていることもわかります。これは、地盤構造の違いなどによる地震動の伝播特性や増幅特性の違いによるものと考えられます。
熊本地震では、布田川断層帯などが震源と考えられていますが、布田川断層帯に関しては地震を発生させる可能性がある想定震源断層とされており、これを構成する各断層については、断層の形状と想定マグニチュードが推定されています。図-1には、防災科学技術研究所のJ-SHISを参考に、布田川断層帯の各想定震源断層の位置と形状を示しました。また、表-1には各想定震源断層の想定マグニチュードを示しました。
K-NETの各観測点と各想定震源断層との距離を求めることができるので、これと想定マグニチュードから各観測点における理論最大加速度を求めることができます。これに、小規模地震から求められた倍率をかけて計測最大加速度の推定値が得られます。図-2から図-5の相関図には、それぞれの理論最大加速度と計測最大加速度の推定値との関係を■で書き加えました。これらのプロットは回帰式からの倍率を用いているため、回帰直線上にあります。
一方、実際に発生した熊本地震に関しては、震原位置とマグニチュードが公表されています。このうち、前震と本震について、K-NETの各観測点における計測最大加速度と、震原との距離とマグニチュードをもとに距離減衰式から求まる理論最大加速度の関係を、図-2から図-5に×で書き加えました。
これらの図からは、次のような知見を得ることができます。第一に、前震と本震のプロットが回帰直線の近傍にあることです。これは、小規模な地震時に得られた理論最大加速度と計測最大加速度との倍率が、大地震時でも良い近似を与えていることを示しています。第二に、ばらつきはあるものの、想定震源断層について推定した最大加速度が実測値と概ね一致していることです。これらが一致するためには、想定震源断層の位置や形状と想定マグニチュードの推定が適切であり、かつ、距離減衰式が妥当なものでなければなりません。これらのことは、これまで説明してきた、距離減衰式を用いた大地震時の揺れの推定方法が妥当なものである、一つの証拠となると考えます。