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第9回 地層科学分野でのAI活用事例(水位編)
前回の「強化学習」では、強化学習に使用されるアリゴリズムについて歴史的な背景を踏まえて説明しました。
今回は、水位に関するAIについて、歴史的な背景を踏まえつつ、実際のケースを挙げて説明します。
まず初めに、「なぜ水位を予測する必要があるのでしょうか?」
古代から中世にかけての農業中心の社会では、河川の水位が灌漑や洪水予防にとって重要でした。灌漑の目的は作物栽培に必要な水の確保、洪水予防の目的は住居や農地への洪水被害の軽減でした。
産業革命と近代においては、産業化に伴い水力エネルギーや工業用水の需要が増大しました。水力発電は河川の水力を最大限に利用するために計画され、一方で工業用水の確保は工場や都市の水供給の安定化させる目的で推進されました。
20世紀後半になると、都市化と人口増加により水資源の管理と保全が重要になりました。飲料水や生活用水の供給のために水資源管理を行い、自然生態系の保護と水質の維持を目的に環境保全がされるようになりました。
さらに、21世紀と現在の気候変動の時代においては、気候変動による極端な天候パターンの増加に伴い、洪水や干ばつなどの自然災害のリスクを低減することや、気候変動に伴う水資源の変化に適応するための戦略を立案することが目的となっています。
このように、時代が進むにつれ、水位予測の目的は複雑化し、多様化しています。初期は農業と洪水防止が中心であったのに対し、産業革命以降は工業化と都市化に伴う水資源管理が重要になりました。現在では、気候変動に伴う極端な天候パターンへの対応と、持続可能な水資源の利用が主な目的となっています。
それでは、次に水位管理の歴史的展開について説明していきます。
■初期の水位測定技術
古代から19世紀にかけて、水位測定の主要な手法は視覚的観察法に依存していました。この方法では、河川や湖沼の特定の地点で定期的に目視による水位の観察が行われ、観測結果は日誌や記録帳に手書きで日付と時間と共に記入されました。この技術は主に農業の灌漑、洪水の予測、漁業などにおいて基本的な水位情報を提供するために使用されていました。しかし、観測者の主観に依存し、夜間や悪天候時の観察が困難であり、データの不連続性と精度の問題がありました。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、機械式水位計の技術が登場しました。フロート式やウェイト式などの機械的な装置を使用して水位を測定し、水位の変動に応じてフロートが上下する様子を機械的な記録装置で追跡していました。これにより、紙のロールやグラフに連続的な水位の変動が記録され、より視覚的にデータを解析することが可能になりました。この進歩により、定期的な手動観察から自動記録への移行が実現し、データの連続性と記録の正確性が向上しました。しかし、この技術には機械的な故障や定期的なメンテナンスが必要であり、非常に急激な水位の変動を正確に捉えるのが難しい場合もありました。
■自動化とデジタル化の進展
20世紀半ばには、水位測定技術に大きな改革がもたらされ、電子式水位計や圧力トランスデューサーなどの自動化された測定技術が開発されました。これにより水圧の変化を感知して電子的に水位を測定することが可能になりました。この技術の導入は、フロート式やウェイト式の機械的制約を超え、より正確で信頼性の高い連続的なモニタリングを実現しました。
また、この時代には、測定データのデジタル化が進み、データの保存、処理、分析が容易になりました。コンピュータとソフトウェアの活用により、時系列データの処理、トレンド分析、統計的評価が行えるようになりました。さらに、インターネットと通信技術の進展により、リアルタイムでのデータアクセスが可能になり、即時の水位情報に基づく洪水警報システムや水資源管理の最適化に役立てられました。
この時代の進歩は、高度なモデリングと予測へとつながりました。水理学的モデルと数値シミュレーションの複雑化により、長期的な水位変動の予測や気候変動の影響分析が可能になり、GIS(地理情報システム)やリモートセンシングの統合が行われました。これらの技術の進展は、統合水位管理システムの開発を促し、水位、降雨、流量など複数のデータソースを統合し、流域全体の水循環管理や灌漑、ダム運用の最適化に貢献しました。
■初期のAI導入
21世紀初頭にさかのぼると、水位予測の分野において機械学習技術の初期導入が始まったことが見受けられます。この時代には、基本的な機械学習アルゴリズム、特に線形回帰、分類木、決定木が用いられました。これらの技術の目的は、過去の水位データからパターンを学習し、短期的な水位予測を試みることにありました。これにより、従来のモデルを超える予測精度とデータ処理能力が実現されました。
また、水位データは時間的連続性を持ち、季節性やトレンドが観測されることから、時系列データ分析が重要な役割を果たしました。ARIMA(自己回帰積分移動平均モデル)などの時系列モデルを適用することで、より正確な短期的予測が実現されました。
この時代には、パターン認識と異常検出も重要な技術としての地位を確立しました。水位データの中から異常パターン、例えば洪水や干ばつの兆候を検出するために、分類アルゴリズムと異常検出手法が使用されました。これは、早期警告システムの構築や災害リスクの低減に貢献しました。
さらに、初期のAIとデータインテグレーションの分野では、水位以外の関連データ(降雨量、気温、流量など)を組み合わせることで、総合的な環境分析が行われ、水位変動のより正確な理解を目指す取り組みが進められました。これには、データ融合技術とマルチモーダル学習が活用されました。
■進化したAI技術
2020年代に入ると、水位予測の分野では深層学習技術の導入が進みました。この時代には、ニューラルネットワーク、特に深層学習(Deep Learning)が応用され、多層のニューラルネットワークを用いてより複雑なデータパターンと関係性を学習することが可能になりました。この進歩は、長期的な水位変動予測やより精緻な天候パターンの分析と予測に役立ちました。
また、センサー技術の進歩とデータストレージの拡大により、ビッグデータ分析が重要な役割を果たし始めました。次節に述べるように大量の環境データが利用可能になり、大規模なデータセットを扱うための高度な分析アルゴリズムが開発されました。これにより、水質、降水量、気温、地形など多様なデータを統合し、水位変動のより包括的な理解が可能になりました。
この時代には、複雑なモデルの開発も進みました。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)、リカレントニューラルネットワーク(RNN)、生成的敵対ネットワーク(GAN)などの技術が、画像データ(衛星画像、地理情報システム)と時系列データの組み合わせに使用され、リアルタイムの監視と予測に役立てられました。
さらに、AIによる統合的水位管理が重要になりました。これは、流域全体の水循環と水資源管理の最適化を目指すデータ駆動型アプローチであり、洪水リスクの評価、灌漑計画の策定、水質管理に利用されました。 気候変動による極端な天候パターンの増加に対応するため、異常気象の予測と適応も進化したAI技術の重要な応用領域となりました。気候モデルとAIの組み合わせにより、洪水、干ばつなどの異常気象イベントの予測が行われ、これらの技術の進歩は水位予測と管理の分野における新たな可能性を開いています。
■データ量の急増
21世紀に入って、センサー技術の進化が著しく、これにより水位、降雨量、気温、湿度など多岐にわたる環境データの収集が格段に容易になりました。これらのセンサーは従来よりも小型で高性能化し、低コストで広く利用可能になっています。その結果、水位データの収集と監視に革命がもたらされました。
特に、自動化された監視システムの普及により、24時間連続でのデータ収集が可能になり、水位データの時間的分解能が大幅に向上しました。さらに、衛星やドローンを用いたリモートセンシング技術の活用により、地表の水状態、洪水予測、環境モニタリングなど多方面で応用されています。
また、クラウドコンピューティングとデータストレージ技術の発展により、大規模なデータセットの保存、アクセス、処理が以前に比べてずっと容易になりました。これにより、膨大な量のデータがリアルタイムで生成・保存されるようになり、ビッグデータの時代が到来しました。しかし、このビッグデータを効果的に活用するためには、高度な分析技術が必要となります。これらの進歩は、水位予測と管理の分野において新たな可能性を開いており、今後の発展が期待されています。
■予測精度の追求
気候変動の影響が顕著になる中で、降雨パターンの変化や極端な天候イベントの増加が観測されています。これらの変化は、水位予測における新たな課題を提示しており、気候変動に伴う不確実性を含めた正確な水位の予測が必要とされています。
この状況に対応するため、高度なデータ分析が重要な役割を果たしています。データ量の増加とその複雑性の向上により、従来の予測手法には限界があり、機械学習、特に深層学習モデルを活用した高度な予測手法の開発が進められています。
さらに、統合的アプローチの採用により、単に水位データに頼るのではなく、気象データ、地形情報、土地利用パターンなどを組み合わせた分析が行われています。この多角的な視点からのアプローチは、水位変動の理解を深め、予測精度を向上させることを目指しています。
リアルタイムデータの活用も、予測精度向上に不可欠です。迅速なデータ収集と分析により、短期間での予測精度が向上し、洪水や干ばつのリアルタイム予測や警報システムの構築が可能になりました。
最後に、持続的なモニタリングと学習によるアプローチも重要です。AIモデルが継続的にデータを収集し、学習を重ねることで、予測モデルを進化させ、時間とともに精度が向上する動的な予測システムが構築されています。
■リアルタイム監視と迅速な対応
水位や気象条件の急激な変化に対応するため、リアルタイムデータの収集がますます重要になっています。センサーネットワーク、衛星リモートセンシング、ドローン監視などの技術を活用して、継続的なデータ収集が行われています。これにより、水位の急激な変動や気象条件の変化に迅速に対応することが可能になっています。
また、大量のリアルタイムデータを迅速に処理するための自動化されたデータ処理システムの開発が進んでいます。これらのシステムは、データの即時分析と解釈を行い、迅速な意思決定を支援しています。特に洪水予測と警報システムにおいては、AIと機械学習を用いた洪水のリスク予測がリアルタイムで行われ、警報の発令によって地域社会への早期警告が可能になり、損害の最小化と人命の保護に貢献しています。
■水位に関する深層学習のタスク
これまでに公表された水位に関する深層学習のタスクを以下に示します。
- 洪水予測:深層学習モデルが気象データと歴史的な洪水データを分析して未来の洪水を予測
- 貯水池管理:貯水池の水位データを利用して深層学習が水資源の最適な管理方法を提案
- 海面上昇分析:地球温暖化における海面上昇を監視して将来の水位変化を予測
- 河川流量監視:深層学習が河川の流量と水位をリアルタイムで監視して洪水の早期警告に寄与
- 都市計画:都市部の排水システムの効率を高めるために水位データを分析
- 農業用水管理:農業地域の水利用を最適化するために深層学習を用いた水位予測
- 湖沼環境の監視:湖沼の水位と水質を監視して環境保全に貢献
- 水力発電所の運用最適化:水力発電所の効率的な運用のために水位変動を予測
- 津波警報システム:津波のリスクを早期に検知して警報を発するための水位変動を分析
- 水道網の管理:深層学習を使用して水道網の圧力と流れを監視して効率的な水供給を実現
つづいて「水位に関する深層学習」のタスクから8つの技術を紹介します。
- AI(人工知能)を用いた洪水予測システムの開発1)
宮崎県の大淀川水系の樋渡水位観測所を対象に、過去25年の主な洪水のデータを使用して深層学習モデルを学習しました。このモデルは、上流観測所の雨量や水位変化を入力データとして使用し、予測結果としては1〜6時間先までの水位変化を出力しました。この深層学習モデルは、従来型のニューラルネットワークや力学的手法よりも高い精度を達成しました。
- 自動学習機能を備えた洪水予測システム2)
中小河川や上流域を含む流域全体のリスク情報の精度向上を目的として、洪水予測システムのリアルタイム自動学習機能を開発しました。このシステムは、IoT機器などによる河川水位の観測データを利用し、AI技術によって洪水予測モデルのパラメータを迅速に最適化することができます。この技術により、洪水予測の精度が向上し、運用中に発生する新たな洪水データを活用して、モデルの精度向上が図れます。
- RRIモデルによる全国規模のリアルタイム氾濫予測システム3)
全国を4秒メッシュに分割し、リアルタイムの雨量データから各地の河川の増水や氾濫の状況を予測するシステムです。これは、降雨から流出量を算出する流出解析と、流出量から氾濫を算出する氾濫解析の両方を一体で行うモデルで、より現実に即した予測が可能です。
- 農業用ため池貯水量の予測における深層学習の利用4)
長期的な水文観測データや取水量に関するデータがない農業用ため池の貯水量予測に深層学習を使用しています。短期間の水文観測データに基づいて深層学習モデルを試行し、予測精度の向上について検討しています。
- 排水機場調整池のための高精度水位予測に関する深層学習と仮想データの利用5)
物理モデルで生成された仮想水位データを使用して、排水機場調整池の深層学習モデルの水位予測精度を向上させる研究です。特に、転移学習を用いることで大規模洪水イベント時の水位予測精度が向上しています。
- 河川水位の自動監視6)
河川カメラ画像を用いた水位のセグメンテーションと転移学習に基づいた深層学習手法が開発されています。この方法は、洪水イベントの理解に不可欠で、利用可能なデータの不足が課題となることが多い河川水位推定に役立ちます。
- 河川水位をAIで高精度に計測する技術を開発7)
4Kカメラで撮影された画像を基に水位を高精度に推定するものです。この技術は、日本における自然災害対策として重要な意義を持ち、特に水害のリスクが高い地域での迅速な情報提供と防災業務の効率化を目的としています。深層ニューラルネットワークと意味的領域分割モデルを用いて、河川画像から水面を識別し、水位を精密に推定する手法が取り入れられている。
ここで紹介したものは、ほんの一例です。学会等でも最新の技術が次々と報告されています。これを機会に情報収集してみてはいかがでしょうか?
第10回も、地層科学分野における事例について紹介していきます。
参考資料
1)深層学習を用いた河川水位手法の開発,土木学会論文集B1(水工学),Vol.72,No.4,I_187-I_192,2016.
2)(株)建設技術研究所(【AI技術による洪水リスクの予測の高度化】洪水予測システムモデルのリアルタイム自動学習機能を開発しました)
3) 空間情報クラブ:AI機械学習による自然災害の予兆検知|氾濫・洪水を予測する最新技術「RRIモデルによるリアルタイム氾濫予測」(三井共同建設コンサルタント、京都大学防災研究所、日本電気の共同開発)
4)「深層学習による農業用ため池貯水量の予測」AI・データサイエンス論文集,3巻J2号,2022.
5)農研機構/農村工学研究部門2021年の成果情報/「物理モデルによる仮想データを深層学習に用いる、揚水機場調整池の高精度水位予測手法」
6)Deep learning for automated river-level monitoring through river-camera images: an approach based on water segmentation and transfer learning, Volume 25, issue 8/HESS,25,4435-4453,2021,Hydrology and Earth System Sciences(HESS)
7)株式会社アラヤ(プレスリリース:河川水位をAIで高精度に計測する技術を開発,2021年8月6日)
※参考資料の最終参照日は、2023年12月20日