やわらかサイエンス

燃える地層いろいろ ~泥炭・亜炭~(中編)

第100回担当:藤原 靖(2019.03)

泥 炭

前編に続き泥炭にまつわる話を紹介します。


泥炭とスコッチ・ウイスキー

泥炭を貴重な燃料としていたのがスコットランドです。特にスコットランドの北部では樹木が少ないため、薪炭などの燃料に不自由をしていました。


ウイスキーは大麦から作ります。大麦を水に浸して少し発芽させて麦芽を作ります。水分が多いと芽が成長を続けるため、熱を当てて乾燥して発芽を止めて保存性の良い麦芽を作ります。その熱源に泥炭を燃料として使っていました。現代ではより便利な熱源がありますが、敢えて泥炭を使っています。


その理由はウイスキーにフレバーという独特の香りをつけるためです。泥炭の使用量によってスモーキーなウイスキーか、クリアなウイスキーかが調整されています。ウイスキーも産地ごとにスコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズがあります。スコットランド以外のウイスキーでは泥炭は使いません。泥炭を使うのはスコッチ・ウイスキーだけで、その中に特にスモーキーな香りがするものもあります。


スモーキーなスコッチ・ウイスキーの代表が、スコットランド西岸のアイラ島で作られるアイラモルトです。アイラモルトはスモーキーなフレバーに加えて、クレゾール、ヨードチンキ、正露丸の消毒薬の臭いがする独特のものです。これはコケ類やシダ類などの泥炭を作る植物の他に海藻等の遺骸が長い年月をかけて堆積してできた泥炭を使っているためです。




泥炭地のミステリー

泥炭地にまつわるユニークな話に「湿地遺体」というものがあります。湿地遺体とは湿地帯で何かの理由で亡くなった人の遺体が自然の作用でミイラ化したものです。古いものでは紀元前9千年のものもあるそうです。中でも1950年にデンマークで発見されたトーロンマン(Tollund Man)という湿地遺体が有名です。


湿地はどこにでもありますが、一般に泥炭ができるような湿地は冷涼な地域です。また草やコケなどの植物が分解して有機酸ができ、分解に酸素が消費されるので、温度が低く水の豊富な環境に加え、酸性で貧酸素といった化学的な環境になります。そのため、皮膚や内臓といった骨以外の組織の保存状態が非常に良いという特徴があります。


トーロンマンは紀元前4世紀の時代の人なのですが、発見した当時は、あまりの保存状態の良さから、殺人事件の被害者と間違われたというエピソードが残っているそうです。



ヨーロッパには泥炭療法とか泥炭浴というものがあるそうです。泥炭には有機化合物や無機化合物と相互に反応する多くの化学成分が含まれ、物理的、化学的、薬理学的な効果については古くから知られているそうです。これも湿地遺体の保存性が極めて高いことに関係しているようです。


泥炭地の小説

ヨーロッパでは泥炭地は歴史や文化でも関係が深く、独特の世界を提供しています。そこでアイルランドとイギリスを舞台にした小説を2つ紹介します。泥炭地に関する描写が興味深いです。




「アイルランドの柩」は、アイルランドの湿原で赤毛の女性の頭部が発見され、現場となった町では母子の失踪事件もあり、その二つの事件が複雑に絡むサスペンスです。その中からいくつかの記述を紹介します。


中央ヨーロッパ - もっぱらドイツおよびデンマーク - では湿原から何百という死体が発見されているが、アイルランドではどちらかというとまれで、発見数は五十体にも満たない。そうした死体は、過去をじかにのぞき見るための、またとない機会を提供してくれる。泥炭のおかげで肌、髪の毛、重要な器官ばかりか、顔のかすかな表情まで保存されていて、二千年前に息絶えた人物が最後に食べたものまでわかることも珍しくないのだ。

遺体はひとたび無菌環境の外へ出されると、乾燥および急速な腐敗に冒されやすくなる。対処方法は通常、遺体の周囲をぐるりと掘って、泥炭ごと採取し、ダブリンにある国立博物館コリンズ・バラック別館の研究室に運び込み、そののちも泥炭の防腐力に頼るというものだ。これまで試されたいくつかの方法 - タンニンの塗布、凍結乾燥など - では、湿原遺体を長期に保存するのは不可能だった。

アイルランドの柩・Haunted Ground by Erin Hart(宇丹貴代実 訳)

「ケルトの封印」は、バチカン・サンピエトロ大聖堂、アフリカ・マリの難民キャンプ、アメリカ・プリンストン大学で起きた三つの殺人事件の共通点を軸にして、ケルトの伝説、聖マラキの預言、環状列石、黒い聖母という欧州の歴史、地球の人口問題、世界種子貯蔵庫、蜂群崩壊症候群という環境科学が絡むアクションストーリーです。その中のイングランド湖水地方での記述を紹介します。


泥炭地はよく燃える。人類が誕生して以来、泥炭は燃料源として利用されてきた。食糧を加熱したり、暖を取ったりするためにね。下に見える自然発生的な火災を見て、古代の人類は泥炭を燃やしてみようという考えを抱くようになったのではないかな。

よく理解しておいてもらいたいのは、泥炭地は長年にわたって古代のケルト人やドルイドたちによってあがめられていたという点だ。彼らは崇拝の対象となるものを泥炭の中に埋めたり、沈めたりした。そうした場所は考古学者にとって、まさに宝の山なのだよ。刀剣、王冠、宝石、陶器のほか、二輪馬車が丸ごと発見された例もある。だが、泥炭の中から人間の遺体が発見されることもあるのだ。

泥炭の中のものは何百年もの長きにわたって保存されるのだ。  泥炭の内部は酸性で酸素が欠乏しているから、腐敗が進まないんだ。  その通り。泥炭の中から百年前のバターの入った壺が見つかったが、バターは新鮮なままで、十分食用に耐えられるものだったそうだ。

ケルトの封印・The Doomsday Key by James Rollins(桑田健 訳)

燃える地層いろいろ ~泥炭・亜炭~ の中編はここまでです。泥炭には、結構ロマンに満ちた世界がありましたね。紹介した小説も是非読んでみて下さい。後編は亜炭について紹介します。